主任研究者 茨城産業保健推進センター
産業保健相談員 松崎 一葉
共同研究者 同 上 皆川 憲弘、島田 理
笹原 信一朗
筑波大学社会医学系環境保健学 黒澤 千穂、服部 訓典
※役職等は平成13年度当時

<目 的>

我々は、平成11年度より本研究課題に関して継続的に取り組み、その研究成果を実践的に事業所にフィードバックしてきている。平成11年度調査結果からは、茨城県内における小規模事業所の産業保健活動への取り組み状況や意識が明らかにされた。事業所の多くは、労働安全衛生法の知識の欠如、経費負担の問題などが原因となって、安全衛生に積極的に取り組めない状況が明らかにされた。
厚生労働省は小規模事業場に働く労働者に対する産業保健サービスを充実させることを目的として、平成5年度より地域産業保健センターを設け、現在9年が経過したが、地域産業保健センターの利用率は未だに高いとは言えない。そこで、これまでの我々の調査結果から明らかになった、「産業保健活動活性化の限界」の要因をもとに、今後の地域産業保健センター事業のモデルを提案し実践することを目的とした実践的調査研究を実施した。本活動は平成12年度から継続して行ってきているが、平成13年度は、この活動に関する評価を含めて検討した。

<対象と方法>

本研究は、平成11年度に実施した、茨城県内の地域産業保健センターの低利用率の原因を探るための断面調査の結果をふまえ、茨城県内の小規模事業所の事業主に対しての啓発活動の方法として、インターネット環境を利用したメールマガジンによる「プッシュ型の情報配信」とホームページを利用した「プル型の情報配信」の組み合わせによる啓発発動を中心とするものである。このシステムを平成13年1月より試験運用し、平成13年4月より本運用として1年間にわたり実施した。
メールマガジン配信対象は、茨城県内全9ヶ所の地域産業保健センター担当地域別にメールアドレスを所有している小規模事業所を10ヶ所ずつ無作為抽出した計90事業所である。なお、メールマガジンの配信については、その後口コミなどで広がり、希望に応じ随時新規登録および配信中止に対応した。
平成13年1月よりの3ヶ月の情報配信後、メールマガジン・ホームページなどを含む試験運用の啓発活動の効果評価に関して、郵送による無記名自記式アンケート調査を行った(対象90件、有効回答数31部、回収率34.4%%)。さらに平成13年4月の本格運用開始から1年を経過した平成14年3月に本活動の評価を、事業所においてどの程度、産業保健活動が活性化されたかという「アウトカム評価」のために、郵送による無記名自記式アンケート調査を行った。(対象128件、有効回答数42部、回収率32.8%)次に、このシステムの運用に「どれくらいの労力と金がかかったか」というコストを概算して費用便益に関して検討した。同時に発行前2ヶ月の時点から(平成12年11月)1日毎の茨城産業保健推進センターホームページのアクセス数を累計し、平成13年3月まで算出した。

<結果と考察>

1、メールマガジン配信実績とアクセス数
メールマガジン配信実績としては、第1号を90件発行、その後3ヶ月の間で追加申し込みが59件、配信停止希望が2件であった。その後平成14年3月時点で128件を配信中であり、現在も月1回の配信を継続している。
次に、メールマガジンからリンクを貼った茨城産業保健推進センターホームページへのアクセス件数の推移についてみると、発行前は一日平均で約10件程度であったものが、発行後は一日あたり約16件と、約1.6倍まで有意に増加した。
2、事業所側の意識変容
産業保健活動に対する事業所側の意識と、その遂行上の壁であった「時間がない」「費用がかかる」という問題への意識がどのように変化したかについては、「経費がかからなくて良い」に近い回答が多く見られ(図1)、時間に関しても、「時間の節約になる」との回答が多く見られた(図2)。

○図1:経費

○図2:時間

今回のITを利用した事業モデルは、従来型の講演会などを中心とした啓発活動と比較して、産業保健活動に対する「費用的・時間的」コスト負担感を軽減させて、産業保健活動へ取り組む際の阻害要因を少なくできる可能性を有する。
つまり、行動科学的観点からは、「意識変容」に引き続く「行動変容」をより導き易くする可能性が示唆される。
3、運用サイドのコスト
次に、本システムを運用するサイドの時間と費用に関する検討を行った。実際の運用は、筑波大学社会医学系環境保健学研究室が、配信コンテンツの作成、質問への対応、ホームページの管理を行った。これらは研究室の産業保健を専門とする医師が毎月順番に研究室業務として担当した。
それらに要した時間は、毎月平均で配信コンテンツ作成:5.4時間、質問対応:2.3時間、ホームページの更新:3.5時間であった。さらに、PC自体の維持管理とネットワーク維持管理には、平均して一日あたり20.5分を要した。これらのコストを労働福祉事業団の謝金基準から計算すると、医師(専門職)謝金として、95,200円/月、PC管理者賃金として、5,740円/月と概算された。またネットワーク維持費用は、今回は筑波大学のシステムを使用したために無料であったが、一般のプロバイダを使用した場合でも、5,000円/月程度である。
従って、既存のITインフラを利用して、本モデルを実行した際の費用は、月間10万円程度である。現在、147事業所に配信中であることを考えると、従来型の紙媒体や電話などによる形式に比して、安価に展開が可能である。 

4、今後の活動のあり方
今回、アンケート回答のあった事業所のうち、3事業所からは、情報源としての本システムを積極的に活用し、費用対効果の高い産業保健活動を実践しているとの回答が得られた。アンケートの回答のなかった多くの事業所は、今回のモデル事業に当初は興味を示し、メールマガジン及びホームページを活用していたと思われるが、歳月が経つにつれて本システムの目新しさに慣れ、従来からの産業保健活動に対するモチベーションの低さに逆戻りした結果となった。この対策として、今後は、地域産業保健センターのコーディネータを中心に、人的な支援とITを活用したシステムを有機的に連携させて進めることを計画している。

調査研究