県南さんぽだより 第56号 

2018/8/1発行  発行所:県南地域産業保健センター  発行人:大西 慶造

中村 剛「働き方改革関連法案における労働安全衛生法の改正について」
茨城産業保健総合支援センター 副所長 中村 剛 

去る平成30年6月29日、働き方改革関連法が成立しました。働き方改革関連法は、労働基準法、労働安全衛生法など8つの法律で構成され、「Ⅰ働き方改革の総合的かつ継続的な推進」、「Ⅱ長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現等」、「Ⅲ雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保」を3本の柱としています。
このうち労働安全衛生法は「Ⅱ長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現等」の一環として改正され、長時間労働者の面接指導や産業医・産業保健機能の強化が図られています。今回はそのうちのいくつかのポイントについて触れてみたいと思います。
まず、改正の1つ目のポイントとしましては、面接指導の強化に付随する形で事業者に労働時間の把握をすることを義務付けたことが挙げられます。労働時間というと労働安全衛生法ではなく労働基準法の改正ではないかと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、労働安全衛生法には改正前から「長時間労働者に関する面接指導」の制度があり、月100時間以上の労働者をさせ一定の要件を満たす場合に面接指導を義務付ける等、努力義務を含め、一定の時間外労働を行わせた労働者に対する健康管理の側面からの面接指導を実施する規定が設けられていました。
今回の労働安全衛生法の改正では、「面接指導を実施するために、労働時間の状況を把握しなければならない」(労働安全衛生法第66条の8の3)と規定しました。労働時間の把握とはタイムカードやICレコーダー等の客観的な方法等により始業終業の時刻を記録し、労働時間を把握することですが、実は今まで法で定められたものはなく「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月19日までは指針)で示されていたのみでした。同ガイドラインのリーフレットに記載されている参考条文を見ると労働基準法第36条(時間外及び休日の労働)、同第37条(時間外、休日及び深夜労働の割増賃金)といった、時間外労働の労働協定による手続きの規定や割増賃金の支払いなど労働条件についての条文が記載されていますが、面接指導については記載されていません。このことから見ても、当初の労働時間の把握の主たる目的に面接指導は入っていなかったものと思われます。これが、今回面接指導を行う目的で労働時間の把握が義務化されたことは大変興味深いことで、長時間労働を行った労働者にとって過労死防止のための最後の砦となるべき医師による面接指導を行うにあたっては、労働時間の把握は欠かせないということを明確にした条文のように感じられます。
事業主は労働時間を把握することによって、「1週間あたり40時間を超えて100時間以上労働させた場合の労働者(以下「長時間労働者」という。)の氏名と超えた時間数を産業医に対して情報提供しなければならない」(労働安全衛生規則第52条の2第3項)に基づき産業医へ長時間労働者の情報提供を行いさらに、産業医は情報を元に長時間労働者への面接指導の受診勧奨(労働安全衛生規則第52条の3第4号)、長時間労働者による面接指導の申出(労働安全衛生規則第52条の3第1号)、面接指導の実施(労働安全衛生法第66条の8第1項他)を経て、事業主は就業上必要な措置について医師から意見を聴取(労働安全衛生法第66条の8第4項)し、必要な措置を講じ(労働安全衛生法第66条の8第5項)ることになります。
ポイントの2点目は、産業医による勧告制度の整備が図られたことです。産業医は労働安全衛生法第13条第5項で「事業主に対し労働者の健康管理について必要な勧告ができる」と規定していましたが、今回の改正で「この場合において、事業者は当該勧告を尊重しなければならない」と一文を付け加え、同法第13条第6項で事業者が勧告を受けた場合には、安全衛生委員会等に報告しなければならないことを義務付けました。これは、産業医の意見を尊重しつつ安全衛生委員会という労使が参加する開かれた場において議論を得ることを義務付けることで、勧告の適正手続きを担保したものと思われます。産業医の勧告はいわば事業場に対する医師による「見立て」に例えられるでしょう。これを受けたいわば患者と言ってもいい事業場側が「見立て」を尊重しつつ議論をした上で措置の判断をすることは、本来あるべき姿と言ってもよいのではないでしょうか。
ポイントの3つ目は、産業医に対する情報提供が義務付けられたことです。ポイントの1つ目で触れたとおり、長時間労働者の氏名と超えた時間数を産業医に対して情報提供しなければならないことは従前から規定されていましたが、今般の改正(労働安全衛生法第13条第4項)で事業主は産業医に対し労働者の労働時間に関する情報だけではなく、「その他の産業医が労働者の健康管理等を適切に行うために必要な情報として厚生労働省令で定めるもの」を提供しなければならないと規定しました。具体的には今後厚生労働省令で内容が示される予定ですが、この内容には長時間労働者の面接指導や健康診断の結果、医師の意見を元に事業主が講じた措置内容等も含まれることになると思われます。
産業医が職務内容を遂行するにあたっては、事業主から必要な情報を得なければ判断が難しい場合があります。特に長時間労働のような現場を巡視しただけでは確認できないようなものは事業主からの情報が欠かせません。また、健康診断の有所見者、長時間労働、高ストレス者いずれも意見聴取が義務付けられており、これらに関係する事項を勧告しようとする場合に医師の意見に対する措置状況が確認できなければ勧告の是非や勧告の中身にも影響が出るおそれがあります。よって、情報提供の制度を設けることによって、産業医に与えられた職務内容の本来の機能がより発揮しやすくなるような効果も期待された改正と言えます。
一方、産業医への提供される情報は、労働者本人にとっては個人情報であることから、労働者の健康の確保に必要な範囲内で取り扱う旨(労働安全衛生法第104条第1号)及び労働者の健康情報を適正に管理するために必要な措置を事業者に義務付けする旨(労働安全衛生法第104条第2号)規定し、併せて厚生労働大臣は、事業場による健康情報の取扱いの適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を公表(労働安全衛生法第104条第3号)し、必要な指導を行うことができる旨(労働安全衛生法第104条第4号)規定しています。

【県南地域産業保健センター・(一社)龍ケ崎労働基準協会】からのお知らせ

  •  これからの行事日程
    1. 平成30年度龍ケ崎地区全国労働衛生週間準備打合せ会開催のお知らせ
      主催:(一社)龍ケ崎労働基準協会
      後援:龍ヶ崎労働基準監督署
      日時:平成30年9月4日(火)13時30分~16時
      場所:龍ケ崎市文化会館小ホール(龍ケ崎市馴馬2612)
    2. 茨城県産業安全衛生大会
      日時:平成30年10月4日(木)13時~16時30分
      場所:茨城県立県民文化センター大ホール

熱中症に厳重警戒!連日、命に関わる危険な暑さ

  • 職場における熱中症による死傷災害の発生状況
    1. 熱中症による死傷者数の推移(平成20~29年分)
      過去10年間の職場での熱中症による死亡者及び休業4日以上の業務上疾病者の数をみると、平成22年に656人と最多であり、その後も400~500人台で推移している。
      平成29年の死傷者数は528名、死亡者数は16名となっており、平成28年と比較して、死傷者数は1割程度、死亡者数は3割程度いずれも増加している。
    2. 業種別発生状況(平成25~29年)
      過去5年間の業種別の熱中症の死傷者数をみると、建設業が最も多く、次いで製造業で多く発生しており、全体の5割弱がこれらの業種で発生している。
      平成29年は、死亡災害の半数が建設業において発生しており、次いで、農業、警備業において発生している。
    3. 月・時間帯別発生状況
      (1)月別発生状況(平成25~29年)
      平成25年以降の月別の死傷者数をみると、全体の9割弱が7月及び8月に発生している。
      平成29年の死亡災害は7月及び8月にのみ発生し、7月は10名、8月は6名が死亡している。
      (2)時間帯別発生状況(平成25~29年)
      平成25年以降の時間帯別の死傷者数をみると、11時台及び14~16時台に多く発生している。なお、日中の作業終了後に帰宅してから体調が悪化して病院へ搬送されるケースも散見される。
  •  熱中症予防健康管理
    1.  健康診断結果に基づく対応
      • 健康診断及び異常所見者への医師などの意見に基づく就業上の処置を徹底
      • 熱中症の発症に影響を与えるおそれのある疾患を治療中の労働者について
        ※熱中症の発症に影響を与えるおそれある疾患には、糖尿病、高血圧症、心疾患、腎不全、精神・神経関係の疾患、広範囲の皮膚疾患などがあります。
    2.  日常の健康管理など
      • 睡眠不足、体調不良、前日などの飲酒、朝食の未摂取、感冒などによる発熱、下痢などによる脱水などは、熱中症の発症に影響を与えるおそれがあります。
    3. 労働者の健康状態の確認
      • 作業開始前・作業中の巡視などによって、労働者の健康状態を確認してください。
    4. 身体の状況の確認
      • 休息場所などに、体温計や体重計などを備えることで、必要に応じて、体温、体重その他の身体の状況を確認できるように努めてください。