健康診断について (4)

茨城産業保健総合支援センター
(茨城県医師会報 平成19年06月号掲載)
4月号のつづき

5. 労災保険による二次健康診断等給付

(1) 脳・心臓疾患の予防のために給付

血圧、血中脂質、血糖、肥満度の全ての検査において異常の所見があると診断された場合

労災保険制度において給付といいますと、業務災害や通勤災害による傷病に対する指定病院での療養の給付や、休業補償給付などが思い当たると思いますが、この二次健康診断等給付は、”予防労災”ともいうべき考えのもとに平成13年4月から導入されたもので、事業主が行う健康診断において、血圧検査、血中脂質検査、血糖検査、BMI(肥満度)の全てにおいて異常の所見があると診断された場合に、労働者の請求に基づき、二次健康診断等給付として二次健康診断及び特定保健指導が給付されるというものです。
近年、定期健康診断による有所見率が増加するなど、健康に問題を抱える労働者が増加傾向にありますが、このような状況の中で、業務によるストレスや過重な負荷により、脳血管疾患及び心臓疾患等を発症し、死亡又は障害状態に至ったとして労災認定される件数も増加傾向にあります。
このような脳・心臓疾患の発症は、本人やその家族はもちろん、企業にとっても重大な問題であり、社会的にも「過労死」等として大きな問題となっています。
一方で、脳・心臓疾患については、発症前の段階における予防が効果的であるとされています。二次健康診断等給付は、直近の定期健康診断等の結果、脳・心臓疾患を発症する危険性が高いと判断された方々に対して、脳血管及び心臓の状態を把握するための二次健康診断及び脳・心臓疾患の予防を図るための医師等による特定保健指導を、受診者の負担なく受けることができる制度です。
但し、既に脳血管疾患又は心臓疾患の症状を有している方は給付の対象外となります。こうした方は、健康保険等保険給付あるいは労災保険の療養補償給付を受給して治療にあたるべきであり、二次健康診断等給付は、あくまでも脳血管疾患や心臓疾患の予防・早期発見を目的とした給付制度だからです。

(2) 異常所見の判断基準

産業医が総合的に判断した場合は産業医の意見を優先

定期健康診断における異常所見の判断基準は次の通りです。

  1. 血圧検査 収縮期(最高)血圧:140以上 又は拡張期(最低)血圧:90以上
  2. 肥満度(BMI=体重(kg)/身長(m)^2) BMI:25以上
  3. 血糖検査 空腹時血糖:110mg/dl以上、ヘモグロビンA1c:5.6%以上
  4. 血中脂質検査(下記3項目のうち1項目でも該当していると適用されます)
    • 総コレステロール:220mg/dl以上
    • HDLコレステロール:40mg/dl未満
    • 中性脂肪:150mg/dl以上

なお、一次健診の担当医師により、これらの検査項目について異常なしとの所見がされた場合であっても、事業場に選任された産業医が、就業環境等を総合的に勘案して異常の所見があると診断した場合には、産業医の意見を優先し、異常の所見があるものとみなします。

(3) 二次健康診断等給付の内容

二次健康診断として、以下の検査を受けることができます。

  • 空腹時血中脂質検査
    空腹時において血液を採取し、食事による影響を排除した血清総コレステロール、高比重リポ蛋白コレステロール(HDLコレステロール)及び血清トリグリセライド(中性脂肪)の量により血中脂質を測定する検査
  • 空腹時の血中グルコース量の検査(空腹時血糖値検査)
    空腹時において血液を採取し、食事による影響を排除した血中グルコースの量(血糖値)を測定する検査
    ヘモグロビンA1c検査(一次健康診断において行った場合を除きます。)
    食事による一時的な影響が少なく、過去1~2ヶ月における平均的な血糖値を表すとされているヘモグロビンA1cの割合を測定する検査
  • 負荷心電図検査又は胸部超音波検査(心エコー検査)
    • 負荷心電図検査
    • 胸部超音波検査(心エコー検査)
  • 頸部超音波検査(頸部エコー検査)
    超音波探触子を頸部に当て、脳に入る動脈の状態を調べる検査
  • 微量アルブミン尿検査(一次健康診断において尿蛋白検査の所見が疑陽性又は弱陽性である方に限ります)
    尿中アルブミン(血清中に含まれるタンパク質の一種)の量を精密に測定する検査
    また、特定保健指導として、以下の指導を医師又は保健師から受けることができます
  • 栄養指導
    適切なカロリーの摂取等、食生活上の指針を示す指導
  • 運動指導
    必要な運動の指針を示す指導
  • 生活指導
    飲酒、喫煙、睡眠等の生活習慣に関する指導

(4) 二次健康診断等給付の請求方法

二次健康診断等給付を受けようとする労働者の方は、二次健康診断等給付請求書(様式第16号の10の2)に必要事項を記入し、事業主の証明を受け、一次健康診断の結果を証明することができる書類(一次健康診断の結果の写しなど)を添付した上で、当該請求書を健診給付病院等を経由して病院等の所在を管轄する都道府県労働局長に提出して下さい。
注意しなければならないことは、二次健康診断等給付は、全ての指定病院で受けられるのではなく、労災病院及び労働局長が指定する「健診給付病院等」でしか受けることができないことです。健診給付病院等については、茨城労働局のホームページに掲載されていますからご確認下さい。

(5) 二次健康診断等給付請求に当たっての留意事項

一次健康診断を受診した日から3ヶ月以内に請求する必要があり、これを過ぎると二次健康診断等給付を受けることはできません。
ただし、次のようなやむを得ない事情がある場合は、給付を受けることができます。

  1. 天災地変により請求を行うことができない場合
  2. 一次健康診断を行った医療機関の都合等により、一次健康診断の結果の通知が著しく遅れたために請求を行うことができない場合

また、1年度に1回しか二次健康診断等給付をうけることができません。年度内に2回定期健康診断を受診し、いずれの場合も二次健康診断等給付を受ける要件を満たしている場合でも、二次健康診断等給付は1年度に1回しか受けることができません。

厚生労働省:二次健康診断等給付の請求手続

【「自己責任」と安全配慮義務】
慢性的疾患をもつ従業員を、特段の配慮もなく漫然と過重な業務に就かせ、脳・心臓疾患等を起こした場合、事業者はどこまで責任を負うのでしょうか。
二次健康診断等給付制度が開始される以前の話ですが、高血圧症と心拡張(直近の定期健診で血圧176/112 心臓比55.6%)であった33歳のシステムエンジニアが、脳出血により死亡しました。
労働者の遺族は、会社が適切な事後措置をとらなかったことに責任があるとして損害賠償を請求しましたが、会社は、精密検査を受けるように勧奨もして本人が受けず、また業務削減も申し出なかったから過失はないと主張して争った事件(システムコンサルタント事件 1998年)があります。
システムエンジニアの激務ぶりは、業界外でも有名な話ですが、この労働者の労働時間は、入社以来、年平均3,000時間近くに達し、特に死亡前は1ヶ月270時間~300時間と著しく過大でした。また、精神的にもプロジェクトの実質的責任者として、高度の精神的緊張にさらされていました。
この事件について、裁判所は、高血圧症に罹患している労働者については、脳出血など致命的な合併症を生ずる危険があることを考慮し、長時間労働や精神的緊張を伴う過重な業務につかせないようにする義務が使用者にもあるとしたうえで、たとえ労働者本人が精密検査を受けず、業務削減の申し出もしなかったとしても、会社は漫然と従来どおりの業務を担当させたりせずに業務を軽減するべき安全配慮義務を負うと、会社側に極めて厳しい判断をしています。
一般に従業員は、健康状態の悪化を理由に配置転換させられたり、昇進が遅れたりすることを恐れます。ですから、健康診断の再検査を受けようとしなかったり、またなにか病気があっても、なかなか会社に報告したがりません。そうしたなか、会社が常に労働者の体調に気を配り、安全配慮義務違反に問われないようにするのは容易ではありませんが、新しい労働安全衛生法により、月100時間以上の長時間残業を行った労働者に対する医師による面接指導が義務付けされたことでもあり、今後は、益々、本人の「自己責任」では済まされなくなるでしょう。
また、2001年の労災保険法の改正に伴い「二次健康診断等給付」制度も設けられているところでもあり、是非、活用したいものです。

 

(次号に続く)