「平成31年度・茨城県 成人期の発達障害リソースマップ」の作成
研究代表
研究代表者 茨城産業保健総合支援センター メンタルヘルス相談員
筑波大学医学医療系 助教 大井 雄一
研究分担者 茨城産業保健総合支援センター メンタルヘルス相談員
コマツ茨城工場健康管理センタ センタ長 友常 祐介
茨城産業保健総合支援センター メンタルヘルス相談員
筑波大学医学医療系 准教授 笹原信一朗
共同研究者 農業・食品産業技術総合研究機構 産業医 新井 陽
1 はじめに
職場におけるメンタルヘルス対策を進めるにあたり、発達障害やその傾向のある労働者へ
の対応は大きな課題となっています。例としては、他者とのコミュニケーションが機能せず
当該労働者や同僚上司などが困惑したり、業務上必要な情報が伝達できなかったり、対人関
係トラブルに発展してしまったりするといった事例です。
発達障害やその傾向のある労働者への対応にあたっては、産業医を含む事業場、精神科医
が独立して労働者の対応をするだけでは円滑な支援を行うことは難しく、事業場、精神科医
がそれぞれの立場で労働者と接し、可能な範囲で情報を共有しながら支援をすることが必要
だと考えられます。しかしながら事業場や産業医は、発達障害を疑う労働者に対して、どの
医療機関を紹介すればよいか困惑することがあります。
そこで、本研究調査においては、医療機関、精神科医にアンケート調査を行い、発達障害
を抱えながら働く方の診療をしていただける医療機関のリソースマップ(県内で成人の発達
障害に対して医療的対応や職場での対応について相談が可能な医療機関のガイドマップ)を
作成するとともに事業場と外部医療機関の連携にあたって必要な情報を明らかにすることを
目的としました。
「成人の発達障害」について明確な定義はありませんが、DSM-5における「自閉症スペク
トラム障害」もしくは「注意欠如・多動性障害」等の診断基準を満たし、職場においては、
通常、期待される業務ができず、人材育成の観点でも、通常、期待されるような成長が認め
られず、当人が二次的にメンタルヘルス不調を来すか、支援者の負担が高まることによって
事例化するケースを想定しています。
なお、本リソースマップの掲載は回答医療機関より同意を得ていることを申し添えておき
ます。一部マップへの掲載に同意の得られなかった一部の機関は、全体での集計はしてあり
ますが、リソースマップには非掲載となっています。
茨城県医師会産業医の先生方、産業保健総合支援センターを利用される産業医の先生方、
地域産業保健センターの登録産業医の先生方、事業場の産業医、産業看護職、衛生管理者、
人事労務管理者の方々に活用していただければ幸いです。
令和2年8月
2 調査方法
茨城産業保健総合支援センターから茨城県医師会に協力を依頼し、茨城県医師会登録の精
神科ならびに心療内科医療機関全64機関に対して、郵送にて医療機関用の質問事項(記名自
記式)とそこに所属する医師用の質問事項(無記名自記式)をそれぞれ送付し、返送用封筒
を同封し郵送にて回収しました。調査期間は、2020年5月13日から同年6月5日まで24日
間で、計2回の回収催促を行いました。調査の実施にあたっては、労働者安全健康機構の産
業保健調査倫理委員会の承認を得ました(平成31年3月 通知番号2)。
3 質問事項の整理
茨城産業保健総合支援センターにて研究者らが実施したセミナーである「職場での発達障
害への対応を考える~スペクトラムと個性の捉え方と活かし方~」(日時:2019年6月14日
18時30分〜20時30分、2019年11月6日18時30分〜20時30分)への参加者とのディスカッ
ションで抽出された下記の問題点を中心に、研究者間で以下のとおり質問事項を整理しまし
た。
(1)セミナーでのディスカッションから抽出された問題点
<定義>
発達障害の定義や診断基準は何か。治療はあるか。
遺伝性があるか。
<対応について>
関係性を悪くしない、あるいは修復する方法はあるか。どのように業務の指示をしたらよ
いか。職場の基本的なルールを守ってもらうにはどうしたらよいか。本人が困っていないと
きの対応はどうすればよいか。職場のマンパワーや配属先に限界がある場合の対応はどうす
るか。職場の人、周囲の人にどんな教育をしたらよいか。レッテル貼りをしてしまう。
成功事例を知りたい。医療機関を紹介する基準はどうしたらよいか。プライベートの問題
点にどう対応するか(入浴やごみ捨てができないなど)。
(2)質問事項
<医療機関向け>
A 貴院に勤務している医師が保有している専門医等の資格保有者数
B 成人の発達障害疑いの患者さんの診療をどの程度積極的に受け入れているか
C 成人の発達障害に対する治療や対応について
D その他、成人の発達障害に関するご意見やご要望
<医師向け>
A 成人の発達障害疑いの患者さんの診療をどの程度積極的に受け入れているか
B 保有している専門医等の資格
C 成人の発達障害に対する治療や対応について
D 患者さんが受診する際、職場に対しての要望
E 職場から主治医に対して、就業上の意見(診療情報提供書)をお願いすることがある
が、その後、職場からの情報提供やフィードバックは必要か
F その他、成人の発達障害に関して、意見や要望
4 調査結果
医療機関用の調査について64の医療機関に配布し、29機関より回答を得ました。医師用
について、68名より回答を得ました。回答を別表に示します。
<考察>
(1)医療機関での患者受け入れについて
発達障害やその傾向が疑われた場合の受け入れについて、「積極的に受け入れている」機
関と「二次障害など部分的に受け入れている」機関の合計は72.4%に上りました。一方、
「積極的に受け入れている」機関は全体の24.1%にとどまりました。対象とした医療機関
が精神科あるいは心療内科であったことを考慮しますと、成人の発達障害に関して積極的
な姿勢で受けいれを行っている医療機関はいまだ多くはない実情が明らかになりました。
回答バイアスとして、このような問題に興味関心をもつ医療機関がより多く回答した傾向
があると考えられます。本人の特性理解にまで踏み込んだ医療的アプローチの資源はいま
だ多くない現状が明らかになりました。
(2)保有資格
日本医師会認定産業医を持つ医師が所属する医療機関が全体の58.6%を占め、医師用アン
ケートでは25.0%の医師が同産業医資格をもつと回答しました。該当する医師が必ずしも
産業医としての実務を行っているとは限りませんが、事業場内での産業保健の立場につい
て一定の理解が期待できる可能性があると考えられました。
(3)治療と支援
治療・支援の内容については95%以上の医療機関で薬物療法や精神療法が実施され、心理
アセスメント、知能検査、心理職によるカウンセリングも70%程度の施設で実施されてお
り、本人の特性の理解や職場での対応について医療機関から助言を得られることが期待で
きます。一方で、デイケア・リワークは28.6%、SSTは9.5%にとどまりました。事業場
での事例性を低減していくためには、本人の特性を踏まえた上での具体的なコミュニケー
ション等のトレーニングが望ましいと考えられ、デイケア・リワークやSSTといった社会
資源の充実が望まれます。
(4)就労に関する助言・受診時の職場への要望
本人の就業状況や職場で困っていることに関する情報提供については、いずれも8割程度
の医師が必要であると回答しました。就労に関する助言については、本人、家族はもちろ
んですが、上司や人事、産業保健スタッフに対してもそれぞれ85.3%、63.2%の医師が助
言可能であると回答しました。職場スタッフの同伴受診についても36.8%の医師が希望し
ていることから、本人・主治医の了承が得られれば、上司や人事など職場関係者が本人と
一緒に受診し職場での状況を伝え、主治医から助言を得ることは、問題解決に有効でかつ
現実的な手段の一つと言えます。さらに主治医から就業上の意見を得た後、83.8%の医師
が職場からのさらなる情報提供・フィードバックを求めており、産業医・主治医間で情報
提供を継続して行うことや、上司など職場関係者が同伴受診を定期的に実施することも有
用と考えられました。
5 まとめ
本調査から、茨城県内の医療機関と精神科医の概況として、以下の知見が明らかとなりま
した。
・診療そのものへの門戸は開かれていること
・積極的に受け入れている医療機関は多くないこと
・治療として薬物療法、心理検査、カウンセリングが中心であること
・デイケア・リワークやSSTは多くないこと
・職場や産業医からの本人に関する情報提供に対するニーズが高いこと
成人の発達障害に対するリソースはいまだ十分とは言えず、より一層の資源拡充が望まれ
ます。いわゆる発達障害の問題が事例化するか否かということには、本人の発達特性のみな
らず、周囲の支援や自身の適応行動といった環境要因の双方が関与します。この点に立ち返
れば、生じた事例性を「本人の問題」として医療機関等の事業場外の資源に丸投げするので
はなく、上司や人事担当者、産業保健スタッフといった事業場内資源と事業場外資源がいか
にして連携していくか、という視点や場の重要性が浮かび上がる結果であったとも言えま
す。その連携や交流を行いやすくする工夫や施策について検討していくことは、今後の課題
として重要であると考えられました。