健康診断について (6)
茨城産業保健総合支援センター
健康診断について (5)からのつづき
6. 特殊健康診断(労働安全衛生法第66条第2項)
(3) 電離放射線健康診断(電離則第56条)
放射性物質を扱うなど放射線業務に常時従事する労働者で、管理区域※1に立ち入るものに対しては、雇い入れ又は当該業務に配置換えの際及び6月以内ごとに1回、定期に健康診断を実施しなければなりません。
○放射線はなぜ身体に影響を及ぼすのか
放射線には、X線(エックス線)、α線(アルファ線)、β線(ベータ線、別名電子線)、γ線(ガンマ線)、重陽子線、陽子線、中性子線などがあります。放射線が物質中を通過する時に、そのエネルギーによって原子中の軌道電子をはじき出して、陽電荷を帯びた状態(陽イオン)と自由な電子又は電子を付加して陰の電荷を帯びた状態(陰イオン)を作り出します。これを電離作用といい、このためこれら放射線を「電離放射線」※2ともいいます。
電離作用によって作られたイオンは、さらに人体を構成している水などと反応してフリーラジカルと呼ばれる活動的なイオンをつくり、これが細胞のDNAなをに傷をつけます。
フリーラジカルによって傷つけられたDNAの大部分のものは、短時間のうちに元どおりのDNAに修復されますが、自分の持つ修復能力以上の放射線を浴びた場合には損傷を完全に修復できず、特にDNAの傷が細胞にとって致命的である場合には、細胞死に至り、それが原因となって臨床的な放射線障害として現れてきます。
一方、修復に伴いある程度の頻度で修復の間違いが生じることがあり、これが遺伝情報としてそのまま残ると、将来、発ガンなどの原因となることがあります。
※1 管理区域
3月間の放射線量が1.3mSvを超えるおそれのある場所を管理区域として設定し、作業に関係しない者の立ち入りを禁止します。管理区域の設定は、一般に壁等を用いて区分し、管理区域の標識を掲示します。
※2 電離放射線
紫外線も電離作用を有しますが、ここでいう電離放射線には含めません。
○放射線障害の種類
電離放射線で起きる健康障害は、放射線を受けた直後~数日以内に起こるものと、受けてすぐには発生せず、数週間~数年経過してから発生するものの大きく分けて2つのタイプがあります。
前者を「早期障害」といい、後者を「晩発障害」といいます。
早期障害には皮膚障害、脱毛、白血球の減少などの造血臓器の障害、生殖腺の障害(不妊)、胎児の障害などがあり、晩発障害にはガン、白内障などがあります。
一方、放射線障害は放射線防護の立場から「非確率的影響(確定的影響)」と「確率的影響」に分類することができます。
非確率的影響は、線量当量がある限界値(しきい値)を超えると誰にでも症状が現れ、限界値以下では誰も症状が現れないような障害で、線量当量が大きくなるにつれて障害の症状が重くなるタイプの障害です。非確率的影響には、早期障害と、ガンをのぞく晩発障害が含まれます。
非確率的影響のしきい値は障害の種類によってかなり異なりますが、100ミリシーベルト以下ではいかなる確定的障害も発生しないとされていますので、事故などでかなりの放射線被ばくをしない限り、通常は非確率的影響が問題になることはないと考えてよいと思います。
一方、確率的影響は、限界線量が存在しないと考えられ、どんなに低い線量当量でもそれなりの発生確率で障害が現れ、線量当量が大きくなるにつれて障害の発生確率が大きくなるタイプの障害です。確率的影響の代表はガンです。
このため、電離放射線健康診断を半年に1度実施するとともに、放射線管理を適切に行うことで極力放射線被ばくを防ぐことが大切です。
○健康診断項目
- 被ばく歴の有無(被ばく歴を有する者については、作業の場所、内容及び期間、放射線障害の有無、自覚症状の有無その他放射線による被ばくに関する事項)の調査及びその評価
- 白血球数及び白血球百分率の検査
- 赤血球数及び血色素量またはヘマトクリット値の検査
- 白内障に関する眼の検査
- 皮膚の検査
このうち、1.の「被ばく歴の有無の調査及びその評価」については、必ず実施する必要があります。なお、括弧書きの「その他放射線による被ばくに関する事項」には、前回の健康診断までに受けた累積の実行線量※と前回の健診から今回の健診までに受けた実行線量並びに眼、皮膚の等価線量の調査が含まれます。
※実行線量
人体が放射線を受けた場合、その影響の現れ方は、放射線の種類、エネルギーや人体の組織によっても異なります。
実行線量は人体のいろいろな組織への影響を合計して評価するためにその組織の放射線感受性を表す組織荷重係数を掛けたものを、放射線を受けた全ての組織について合計して求めます。単位はシーベルト(Sv)。
例えば、肺だけ10ミリシーベルト受ければ、全身が均等に1.2ミリシーベルト受けたものに等しく、この値が実行線量となります。
○健康診断項目の省略
雇い入れ又は配置換えの際の健康診断では、使用する線源の種類等に応じて、健康診断項目のうち4.の「白内障に関する眼の検査」を省略できます。これは、白内障が生じるおそれがある線種が限定されているからで、その線種とは中性子線源及び眼に大量のX線又はγ線を受けるおそれのある状況下における放射線装置です。それ以外の場合は、事故等による場合を除き白内障が生じるおそれはほとんど無いと考えられています。
また、定期健康診断においては、全ての検査について原則実施する必要がありますが、1.の検査の結果2.~5.までの検査の一部又は全部について医師が必要でないと認めた労働者については当該検査を省略することができます。
さらに、前年1年間の実行線量が5ミリシーベルトを超えず、当該年も5ミリシーベルトを超えるおそれのない者についての健康診断については、医師が必要と認めないときは、2.~5.までの検査は実施することを要しません。
なお、電離放射線健康診断における健康診断の項目の省略等の可否については、平成13年6月22日付の厚生労働省労働基準局長通達(基発第568号)に詳しく記載されています。
○健康診断結果の記録
健康診断の結果に基づき、電離放射線健康診断個人票を作成し、これを30年間保存しなければなりません。
(4) 特定化学物質健康診断(特化則第39条)
特定化学物質※を製造もしくは取り扱う業務に常時従事する労働者に対しては、雇い入れの際、当該業務への配置換えの際及びその後6月ごとに1回、定期に、特定化学物質健康診断を実施しなければなりません。
※特定化学物質
世の中に何万種類もの化学物質がある中で、人体に有害な物質は、未知のものを含めてたくさん存在します。中でも、発ガンをはじめ、胎児の奇形、神経や循環器・呼吸器その他重要な健康障害を生じることが判明している、又は疑いが強い物質は、その程度により製造禁止物質・第一類特定化学物質・第二類特定化学物質・第三類特定化学物質に指定されています。現在62種類の物質が指定されていますが、将来、有害性が判明した物質があれば、新たに追加されるものと思います。
ちなみに、第一類特定化学物質とは、微量でも健康障害をもたらすもので、取り扱いは特に厳重であり、製造には厚生労働大臣の許可が必要です。また、第二類特定化学物質とは慢性障害を予防すべき物質で、発生源を密閉する装置又は局所排気装置の設置などが義務付けられています。第三類特定化学物質とは、設備からの大量漏洩事故による急逝健康障害を防止するための一定の管理が必要な物質です。
なお、健康診断が義務づけされているのは、このうち製造禁止物質、第一類特定化学物質、第二類特定化学物質(レチレンオキシドを除く)に限られます。
また、過去に特定化学物質(労働安全衛生法施行令第22条第2項に定められたものに限る)を製造若しくは取り扱う業務に常時従事させたことがある在籍労働者についても、同様の健康診断を実施しなければなりません。
これは、発ガンなどのように症状が現れるまでに時間がかかる場合があり、こうした障害を生じる可能性がある物質については、今は扱っていなくても過去に扱ったことのあるものは、継続した健康管理が必要だからです。
○健康診断項目
物質ごとに検査項目が異なりますが、主に業務歴の調査、自覚・他覚症状の有無の調査(問診)及び尿検査・血液検査・直接胸部エックス線写真撮影などです。詳細は、特定化学物質障害予防規則別表第3に物質ごとに検査項目が定められています。
○健康診断結果の記録
健康診断の結果に基づき、特定化学物質健康診断個人票を作成し、これを5年間保存しなければなりません。
ただし、特定管理物質※を製造し、又は取り扱う業務に常時従事し、又は従事した労働者に係る特定化学物質健康診断個人票については、30年間保存しなければなりません。
※特定管理物質
第一類物質及び第二類物質の中で、発ガン性の明らかなものをいいます。
(資料) 特定化学物質一覧
- 製造禁止物質
黄りんマッチ
ベンジジン及びその塩
四-アミノジフェニル及びその塩
アモサイト
クロシドライト
四-ニトロジフェニル及びその塩
ビス(クロロメチル)エーテル
ベータ-ナフチルアミン及びその塩
石綿含有製品
ベンゼンゴムのり - 第一類物質
ジクロルベンジジン及びその塩
α-ナフチルアミン及びその塩
塩素化ビフェニル(PCB)
o-トリジン及びその塩
ジアリニシジン及びその塩
ベリリウム及びその化合物
ベンゾトリクロリド - 第二類物質
アクリルアミド
アクリロニトリル
アルキル水銀化合物
エチレンイミン
エチレンオキシド
塩化ビニル
塩素
オーラミン
o-フタロジニトリル
カドミウム及びその化合物
クロム酸及びその塩
クロロメチルメチルエーテル
五酸化バナジウム
コールタール
三酸化砒素
シアン化カリウム
シアン化水素
シアン化ナトリウム
3,3-ジクロロ-4,4-ジアミノジフェルニメタン
臭化メチル
重クロム酸及びその塩
水銀及びその無機化合物
トリレンジイソシアネート
ニッケルカルボニル
ニトログリコール
p-ジメチルアミノアゾベンゼン
p-ニトロクロルベンゼン
弗化水素
β-プロピオラクトン
ベンゼン
ペンタクロルフェノール及びそのナトリウム塩
マゼンタ
マンガン及びその化合物
沃化メチル
硫化水素
硫酸ジメチル - 第三類物質
(省略)
【放射線管理の三原則】
放射線は私たちに利益をもたらしますが、全ての被ばくは必然的に人体に対して有害です。したがいまして、少なくとも放射線被ばくを伴ういかなる行為も、その導入が正味でプラスの便益を生むのでなければ採用してはならないとされています。
さらに、社会的・経済的要因を考慮に入れながら合理的に達成可能な限り低く抑えるべきである(As Low As Reasonably Achievable 頭文字をとって通称ALARAと呼ばれています) という基本精神がうたわれ、便益と損害のバランスに重点を置いた意志決定手法の重要性が強調されています。
これら放射線に対する防護として重要なのが、次の外部被ばく防護三原則です。
時間:放射線に接する時間をできるだけ短くする。
距離:線量は線源からの距離の2乗に反比例するので、線源(装置や放射性物質)からできるだけ離れる。
遮蔽:線源と人体の間に適切な遮蔽物をおいたり、放射線の種類に合わせて、放射線を反射または吸収してくれる適切な防御壁や保護具を確実に用いる。
そして、作業者の安全のためにも、また事業者において有所見の原因が放射線業務によるものか否かを判断するためにも、現在の作業状況ではどれぐらいの線量があるか、正確に把握しておくことが大切です。