労働安全衛生法の改正について(1)

茨城産業保健総合支援センター
(茨城県医師会報 平成18年06月号掲載)

1.はじめに

このたび労働安全衛生法が改正されました。

なぜ法改正が必要になったかについては、次のように言われています。

平成15年の夏以降、日本を代表する企業において爆発・火災等の重大災害が頻発したことを御記憶と存じます。それを契機として厚生労働省が調べたところによりますと、

危険性・有害性の調査の不備、
その調査に基づく対策の不備、
安全確保面での知識や経験の伝承不足、
事業場のトップの取り組み不足、

などが明らかになりました。

また別の調査によりますと、労働者の6割を超える人々が職場で強いストレスを感じております。

また、業務に起因する脳・心臓疾患や精神障害が高水準で発生し、過重労働による健康障害や過労死も多発しています。

一方職場では、膨大な種類の化学物質が使われています。有機溶剤中毒予防規則などのように、化学物質名を明示して規制する方法に頼っていては、万全とは言えない時代になっています。

このような諸々の問題意識の下に、今回の法改正がなされたようです。

2.改正点は大きく見て2つ

今回の改正点は大きく見て2つあります。

一つ目は「危険性・有害性の低減に向けた事業者の措置の充実」です。

二つ目は「過重労働・メンタルヘルス対策の充実」です。この改正は産業医の先生方の職務に直接的な影響がある、「過重労働者に対する医師による面接指導」に関するものです。

この過重労働者に対する医師による面接指導については、産業医学振興財団が去年10月9日に茨城県医師会館にてセミナーを開催いたしました。また今年も8月頃に予定しているように聞いております。

私ども茨城産業保健総合支援センターでは、この産業医学振興財団が開催するセミナーとは別に、日立地区で9月24日、土浦地区で10月15日、鹿島地区で10月29日、下館地区で11月19日に、それぞれ過重労働者に対する医師による面接指導のセミナーを開催いたします。詳細につきましては固まり次第、茨城産業保健総合支援センターのホームページでご案内いたしますので、どうぞご確認ください。

そのようなことから、「過重労働・メンタルヘルス対策の充実」のご説明はセミナーに譲るとして、本稿におきましては、上記改正点の一つ目である「危険性・有害性の低減に向けた事業者の措置の充実」についてご説明したいと思います。

この「危険性・有害性の低減に向けた事業者の措置の充実」は、産業医の先生方に、ぜひ御承知おきいただきたい事なのです。なぜなら、それぞれの事業場の、これからの安全衛生管理の在り方が大きく変化することを意味しているからです。

3.改正点「危険性・有害性の低減に向けた事業者の措置の充実」とは

この改正点は、次の5項目からなります。

事業者は、建設物、設備、作業等の危険性または有害性等を調査し、その結果に基づいて必要な措置を講ずるように努めなければなりません。(以下、「危険性・有害性調査と措置」と略称します。)
事業者の自主的な取り組みを促すため、こうした措置を適切に行っていると認められる事業者については、機械等にかかる事前の届出義務が免除されます。(以下、「計画届の免除」と略称します。)
危険・有害な化学物質について、容器・包装の表示や、譲渡・提供の際の文書交付に関する制度が改善されました。(以下、「化学物質の表示等」と略称します。)
設備の改造・修理・清掃の仕事の外注化が進展する中で、爆発等のおそれがある化学設備について、その仕事を発注する者が請負人に対して必要な情報を提供しなければなりません。(以下、「注文者の講ずべき措置」と略称します。)
製造業等における業務請負の増加に対応するため、元方事業者が作業間の連絡調整を行わなければならないことになりました。(以下、「元方事業者の講ずべき措置」と略称します。)

4.「危険性・有害性調査と措置」について

(1)その趣旨
近年、生産工程が多様化し、複雑化し、新たな機械設備・化学物質が導入されていることもあり、労働災害の原因が多様化し、その把握が困難になってきています。

このような現状において、事業場の安全衛生水準の向上を図っていくためには、事業者の自主的な取り組みが不可欠です。つまり、労働安全衛生関係法令に規定される危害防止基準は、最低基準に過ぎないので、それを遵守するだけでは不十分です。

つまり、事業者が自主的に、個々の事業場の

建設物、設備、原材料、
ガス、蒸気、粉じん

などによる危険性・有害性を調査すべきです。

また、作業行動に起因する危険性・有害性も調査すべきです。さらに、業務に起因するそのほかの危険性又は有害性等の調査も実施する必要があります。

そのような調査を行うべきことが事業者の努力義務として規定されました。

また、その調査結果に基づいて、労働者の危険又は健康障害を防止するために必要な措置を講じなければならないことも、事業者の努力義務として規定されました。

(2)調査対象の選定
このように申し上げますと、調査すべき対象は数限りなく存在し、際限のない話のように思われるかもしれません。しかし、それは誤解であり、現実的に考えれば良いことです。つまり、平坦な通路における歩行や、明らかに軽微な負傷又は疾病しかもたらさないと予想されるものについては、調査等の対象から除外します。

調査の実施対象とすべきは、まず第一に「過去に労働災害が発生した設備や作業」であり、次に「危険な事象が発生した設備や作業」であり、あるいは「負傷や疾病の発生が合理的に予見可能な設備や作業」です。これらの設備や作業を拾い上げて調査対象とすべきなのです。

「負傷や疾病の発生が合理的に予見可能な設備や作業」とは、どういう場合が予見可能になるのか、疑問を持たれるかもしれません。例えば、怠慢ゆえに危険性を予見していなかった場合、「まるで危険だとは思ってもいなかった。調査をしていないのは、危険性が有るとは思いもしなかったのだから当然だ。」と言えるでしょうか。この主張は通りません。「合理的に予見可能」とは、「その職業に就く者として、当然払うべき注意力を払った場合に、危険性を予見することが可能だったかどうか。」ということが判断の基準になります。怠慢ゆえに危険性を予見できなかった場合は、調査の対象としなかった正当な理由にはなりえないということになります。つまり、自社の設備や作業を誠実に注意深く点検し、危険性を調査することが求められます。

(3)実施すべき事業場
危険性・有害性の調査のうち、「化学物質」や「化学物質を含有する製剤その他の物で、労働者の危険又は健康障害を生ずるおそれのあるもの」については、全ての事業場において、危険性・有害性の調査とその結果に基づく措置を講ずるように努めることと定められています。

化学物質関係以外については、危険性・有害性の調査をすべき事業場として、次の業種が該当します。

林業、鉱業、建設業、運送業、清掃業、製造業(物の加工業を含む)、電気業、ガス業、熱供給業、水道業、通信業、各種商品卸売業、家具・建具・じゅう器等卸売業、各種商品小売業、家具・建具・じゅう器等小売業、燃料小売業、旅館業、ゴルフ場業、自動車整備業、機械修理業

(4)実施すべき内容
事業者は、調査およびその後の措置として、次の事項を実施しなければなりません。

労働者の就業に係る危険性・有害性の特定
その危険性・有害性によって生ずるおそれのある「リスク」の見積り
その見積りに基づく「リスク低減措置」の優先度と内容の検討
優先度に対応したリスク低減措置の実施

(5)実施時期
事業者は、次の時期に調査およびその後の措置を行うことになります。

建設物を設置し、移転し、変更し、又は解体するとき。
設備を新規に採用し、又は変更するとき。
原材料を新規に採用し、又は変更するとき。
作業方法又は作業手順を新規に採用し、又は変更するとき。

また、これらの作業については、作業計画の策定段階においても調査や検討が行われるべきです。さらに申し上げると、作業開始前にリスク低減措置を実施しておくことが必要です。

なお、次に掲げる場合などは、事業場におけるリスクに変化が生じ、又は生ずるおそれがあるので、この場合にも調査を行うことになります。

労働災害が発生した場合であって、過去の調査等の内容に問題がある場合
前回の調査等から一定の期間が経過し、機械設備等の経年による劣化、労働者の入れ替わり等に伴う労働者の安全衛生に係る知識経験の変化、新たな安全衛生に係る知見の集積等があった場合

(6)実施体制等
事業者は、調査およびその後の措置を行うために、次に掲げるような体制を整えなければなりません。

事業場のトップに、調査およびその後の措置を統括管理させること。事業場のトップとは、総括安全衛生管理者など、事業の実施を統括管理する者の意味です。
調査およびその後の措置の実施状況を管理するのは、その事業場の安全管理者または衛生管理者(等)であること。
調査およびその後の措置に、労働者を参画させること。つまり、安全衛生委員会(または安全委員会、衛生委員会)でこの問題が議論されるべきです。
調査およびその後の措置に当たっては、作業内容を詳しく把握している職長(等)に、危険性・有害性の特定、リスクの見積り、リスク低減措置の検討を行わせるようにすべきです。
機械設備などに関する場合は、その機械設備に専門的な知識を有する者を参画させるべきです。

また事業者は、これらの関係者に対し、必要な教育を実施しなければなりません。

5.あとがき

次回は「危険性・有害性調査と措置」について、具体的な方法論をご説明したいと思います。