エゴグラムで「こころ」を見てみよう
労働者健康福祉機構 鹿島労災病院 メンタルヘルス・和漢診療センター長
茨城産業保健総合支援センター 産業保健相談員
伊藤 隆
(さんぽいばらき 第29号/2007年7月発行)
1) 意義
筆者は内科医で、漢方医で、産業医です。珍しいと思います。精神科医ではないのですが、現代の「漢方医」ゆえにメンタルヘルス不調者を診る機会が多いのです。また産業としては、企業のメンタルヘルス勉強会を時々担当していますが、エゴグラムの実習を取り入れています。
精神科医の方は不思議に思われるかもしれません。自殺を予防するのであれば、うつ病の概念を先ず学習させるべきであろう、どうしてエゴグラムなのかと。
エゴグラムはメンタルヘルス勉強会を楽しく行うための工夫です、精神科が専門でない私が、メンタルヘルス関係の参考書をそのまま読んで聞かせてみても面白かろうはずがありません。
面白くない理由は、「こころ」が「もの」でないことに由来しています。「こころ」は見えません。数で測ることができません。しかし、エゴグラムではとりあえず点数がでます。それを足場にしてメンタルヘルスを理解していこうという作戦なのです。ご理解ください。
会議、仕事など職場での討論・会話は毎日の常ですが、多弁な人から寡黙であまりしゃべらない人まで、いろいろな人がいます。どうして皆違うのか不思議に思いませんか?
「うつになる人が理解できない。共感なんてとんでもない。彼らは根性がないだけなのだ。」と思う人はいませんか?
「うつじゃないけれど、彼女は仕事が遅くて理解が悪くてどう接していいか困っているんだ。」そんな部下はいませんか?
「うちの上司はホントはいい人なんだけど、相談するとすぐ人にしゃべってしまうので、ホントの相談ができず困っているんです。」そんな上司はいませんか?
職場のメンタルヘルスというのは、おそらくこのレベルから始まるのではないでしょうか。
こうした問いに対して、エゴグラムは、解決策とまでいかないかもしれませんが、ヒントは与えてくれると思います。「こころ」を一歩深く考えるよい方法なのです。
2) エゴグラムについて
1957年エリックバーンによって開発された、人間の交流や行動に関する理論体系・治療技法です。詳細は成書をご覧頂きたいのですが、5つのカテゴリーに関する50の質問から構成されています。
- Critical Parent(CP) : 批判的な親。父親。他人に厳しく指導する。
- Nurturing Parent(NP) : 養護的な親。母親。他人を慈しむ
- Adult(A) : 大人。社会人として物事を客観的にとらえ論理的に行動する。
- Free Child(FC) : 自由奔放な子供。自己主張。自己表現を進めていく。
- Adapted Child(AC) : 順応した子供。周りに合わせようとする。ぶりっ子。
以上の5つのカテゴリーからなる質問に答えることで、どの要素が強いか弱いかをみて、周囲との交流のありかたを客観的にとらえることができます。
3) エゴグラムの具体的質問
エゴグラムには東大式エゴグラム、自己成長型エゴグラムなど数種類が発行あるいは発表されています。本稿では著作権の概念もあり、そのままは掲載いたしません。いずれも以下の質問から構成されています。読者の方々はどのカテゴリーが強いでしょうか?
- CP : 子供や部下にきびしい。批判的。他人の尻をたたく。頑固で融通がきかない。人の長所より欠点が目につく。
- NP : 子供の世話をよくする。思いやりの気持ちが強い。他人を助ける。人の長所に気づきほめる。温和、寛大。
- A : 客観的に観察する。事実に基づいて判断する。計画をたててから実行する。仕事を能率的に行う。
- FC : わがまま。言いたいことを遠慮なく言う。短気で怒りっぽい。冗談や軽口をたたくのが得意。
- AC : 不快なことでも無理に我慢してしまう。挫折感。他人の顔色をうかがってしまう。遠慮がちで消極的。要領が悪くおどおどしている。
この順に各カテゴリーに点数をつけ、5つの点を線で結びます。この線のパターンでその人の周囲(人・社会)に対する接し方・態度・姿勢を伺うことができます。
4) パターンからみる傾向(図1)
- へ型。日本人の平均パターンは、NPが高く、他がやや低い、いわば「へ」の字型が多いとされています。和を重んじる日本人の平均と考えます。これを円満パターンと呼びます。
- N型。CP(厳しい父親)が低くNP(養護的母親)が高い、そしてFC(わがまま、自己主張)は低く、AC(周囲へ合わせる)が高い。献身パターンと呼ばれます。形のNからもじって「ナイチンゲール」と呼ばれます。自分を抑えて周りに尽くすのですから、ストレスはたまる一方です。ストレス病、自律神経失調症に多いとされます。著者の経験ではうつ状態におちいりやすいタイプと理解しています。
- 逆N型。N型とは全く反対になります。CP(厳しい父親)が高くNP(養護的母親)が低い、そしてFC(わがまま、自己主張)は高く、AC(周囲へ合わせる)が低い。周囲のことを考えずにひたすら自己を主張することから、自己主張パターンと呼ばれます。周りが何と言おうと、人の言うことを聞くことができず、物事を自分の思うようにしていきます。ヒステリー、神経症(最近は身体表現性障害と言います)に多いタイプですが、悪いことばかりではありません。芸術家はこのタイプが多いとされます。人の言うことを聞いていたら自分の作品は作れないものです。各申す著者も実はこのタイプ。こんなことを書いたら人はどう思うか、そんなことを考えないからこのような文章をかけるわけですね。N型タイプには信じられないほど神経が図太いと思われることでしょう。図太いのではなくそういう神経がないのです!?
なお仕事に邁進するタイプなのですが、人の言うことを聞けないので、仕事にブレーキが効きません。心筋梗塞が多いとの説も頷けます。 - V型。CP(厳しい父親)が高いが、AC(周囲へ合わせる)も高い。他人に対して厳しいのにもかかわらず、周囲へ自分を合わせようとするわけで、常に自己矛盾を抱えていることになります。A(大人。理論的に物事を考える)が低い、すなわち現実を見ないので、ますます実現不可能になります。具体例を挙げます。不安の強い患者さんを経験しました。この方は心臓が悪いに違いないと受診されました。そこで心電図をとって正常であることをお話しいたしました。事実を確認する、Aを高めることをしたわけです。それだけで胸の症状はおさまりました。でもそれで終わりませんでした。後日、今度は頭がへんな感じがすると訴えました。頭のCTスキャンはすでに某医で撮影したばかりでした。そこで、Aを高めるために、新聞の社会面を読むこと、日記を書くこと、それも自分の体のことではなく、今日あったことを記述すること、次にどうなるかを予測して書くことと注文をつけてみました。結局、日記を書くことも3日間で止めてしまわれましたので、この指導も無効でした。こういう方には苦労します。
- W型。CP(厳しい父親)もAC(周囲へ合わせる)も両方高い点は、V型と同じですが、違いはA(大人。理論的に物事を考える)も高いということですので悩みはいっそう深いことになります。消化性潰瘍、うつ病になりやすいとされています。
- M型。W型と正反対のパターン。CP(厳しい父親) A(理論的に物事を考える) AC(周囲に合わせる)が低く、NP(養護的母親) FC(わがままな子供)が強い。他人に厳しくなく、現実を見ず、周りのことを気にかけることなく、明るくやりたいことをする、たとえば宴会係、アイドルと称されます。一方、神経骨関節疾患などにて慢性の疼痛に悩まされている患者さんもこのパターンを呈するとされます。痛みは本人にしかわかりません。他人のことを気づかっている余裕はないのですが、一見不思議に明るいけれど、決して人の言うことを聞いていない方をよくみかけます。
- 右下がり型。CPが高く、次いでNP、A、FC、ACと順に下がっていくタイプです。頑固な方が多いようです。頭痛が多いです。
- 右上がり型。右下がり型と正反対。CPが最も低く、次いでNP、A、FC、ACと順に上がっていくタイプです。周囲に甘えている、あるいは依存せざるをえない状況にある場合が多いと思います。
- 変動の少ないタイプ。これは記入するときに○か×ではなく、△を多くつけている可能性があります。こうした問診票形式の心理テストに素直に答えられない方というのは確かにおられます。エゴグラムで判定できないタイプかもしれません。
また、明らかに不定愁訴があるけれど、こうしたエゴグラムになる場合は、ストレスを感じていないことで、ストレス病としてより重症である場合もありえます。あるいは、ストレス症状があるけれど慢性期でそれなりに生活できて安定している場合もありえます。
ご自分のエゴグラムはどのパターンでしたか?
5) エゴグラムは変わる!(筆者の場合)
あまり言われていないことですが、エゴグラムは変わると思います。
図2は筆者のエゴグラムです。2001年の私(現在の病院に赴任したとき)と2005年の私と比較してみました。鹿島は、日本の大部分がそうですが、漢方診療があまり行われてこなかったところです。そのようなところに来て本格的な漢方診療を始めようというわけですから、あまり厳しいことを言ってもいけません(CP 高い)。周にはできるだけ優しく接し(NP やや高い)、現実はまあまあ見て(A 中程度)、新しいことを始めるのでそれなりに主張はしますが(FC やや高い)、周囲に問題が起きぬよう気を配った(AC 高値)と思われます。
ところが、4年経過して、患者数はどんどん増えて、勉強会・講習会の講師に招かれたりして大忙し状態になりました。仕事にはそれなりに厳しさが必要です(CP 高値)。訴えの多い患者さんにはできるだけ養護的に接しなければいけません(NP 高値)。待ち時間を延ばさないように外来の進行状況をよく認識し、原稿の締め切りもよく把握して、勉強会や論文作成のための資料を収集します(A 高値)。日常臨床に学会活動に最大限のパワーを動員し(FC 高値)と頑張った結果、周囲のことに注意する余裕がなくなりました(AC 低値)。2005年のエゴグラムをみたときにああ、これはいけない。仕事量が過剰になっていると自覚しました。このままいけばストレスで破綻するかもしれないと反省し、仕事をスローダウンする方向で修正する努力をいたしました。
6) エゴグラムからのアドバイス
エゴグラムを評価するときにはどういう立場で記入したかということも大切です。家庭にいるときと仕事をしているときではエゴグラムが異なってくる可能性があります。たとえば家ではワンマン亭主だけれど、仕事では上司にひたすら服従しているケースは、エゴグラムのパターンが異なってくるはずです。仕事でも家庭でも同じパターンの場合も勿論あります。おそらく、環境状況によってエゴグラムを使い分けられる人はストレスに強いのではないかと思われます。
ストレス症状を覚えたら、エゴグラムをつけてみましょう。もし、極端なパターンがでていたら、このように対処してみてはいかがでしょうか。
会社で服従を強いられる立場の人(N型あるいはW型)が多いと思います。こういう方々にはスポーツ・レクリエーションを通して、FCを高めてください。勿論、仕事を自ら買って出るなど自己裁量権を高める行動によって、仕事の中でFCを高めることができればより好都合かもしれません。過重労働にならぬようご注意ください。またACの高い人は他人に気をつかってくたびれやすいので、人の少ない山や海に出かけるとよいかもしれませんね。
逆に、指令を発し続ける必要のある立場(逆N型あるいはM型)の方は、神経過敏状態になっているかもしれません。そのときには、高まりすぎたFCを下げるために、リラックスすることと、ペースダウンすることが望まれます。またACを上昇させるために、周囲に気配りをしてみるのもよいはずです。部下が疲れてないか、貴方の言葉で傷つけていないか、など考えてみると、ご自身のストレスが減ってくるはずです。
エゴグラムで見ているのが、「こころ」そのものではなくて、対人関係のパターンにあることがおわかりかと思います。
筆者はこのような実習を会社で行うことが、見えないはずの「こころ」を一歩深く考え、自分のストレスを考えるよい機会になると思っております。
なお、エゴグラムは、本来、うつ病、神経症などを鑑別診断するものでないことを記しておきます。多くの方々のストレスのチェックに優れていますが、上手く解答できない人、合わない人がいることも事実です。
7) うつ病とセルフケア
うつ病では意欲のエネルギーが低下し(FC 低下)、気分がおちこみます。一見元気そうに見えて(AC 高値)、仕事できないことが理解できないかもしれません。ときには仕事をさぼっているだけのように見える場合もあります。しかし、本人の悩みは深いので、親分気分で「頑張れ!」「根性だせ!」「気分転換に旅行でもしてこい!」などと励ましてはいけません。むしろ、休むことを勧めてあげてください。うつ病は、ある時期適当な休養と治療をすれば必ず回復いたします。そう状態、神経症などの要素が入ってくると、回復率は低下しますが、典型例では「治る」病とされています。うつ状態に気づき、これには、自分で気づく「セルフケア」、管理監督者による「ラインによるケア」、「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」、診療所・病院などの「事業場外資源によるケア」の4段階があります。自分で気づいて対処できれば一番よいはずです。そのために、社員の健康教育の一環として、メンタルヘルスを学習しておくことが現代の企業に求められていると考えられます。
参考文献 芦原睦:自分がわかる心理テスト、講談社ブルーバックス