粉じん障害と健康管理
(株)日立製作所 日立健康管理センタ 法定健診管理課 主任医長
茨城産業保健総合支援センター 産業保健相談員 赤津 順一
(さんぽいばらき 第32号/2008年7月発行)
じん肺は、粉じんや微粒子を長期間吸引した結果、肺の細胞にそれらが蓄積することによって起きる肺疾患(病気)の総称であり、1960年に制定されたじん肺法(1960年)では「粉塵を吸入する事によって肺に生じた繊維増殖性変化を主体とする疾病」と定義されている。症状として咳、痰、息切れ、呼吸困難、動悸を起こす疾患である。
ご承知のようにじん肺は最も古くから知られている代表的な職業性疾病のひとつであるが、われわれ産業医が通常の健診や健康相談の場面において新規発生事例に出会うことは稀である印象がある。しかし、平成19年3月に出された、第10次労働災害防止計画評価書によると、じん肺新規有所見者数は全国で平成14年254人→ 平成18年253人と横ばい状態がつづいており、第11 次労働災害防止(平成20 年~平成24 年)においても粉じん障害の防止についてが、重点対策項目のひとつとして盛り込まれ、平成20年度から平成24年度までの5か年の第7次粉じん障害防止総合対策が策定された。
私自身は主として電機業とくに情報系の事業所を中心に産業医業務に従事していることから粉じん障害の健康管理を専門として行っているわけではないことをお断りさせて頂いた上で粉じん障害と健康管理について考えてみたい。
さて、危険有害業務における労働衛生を考える際に、私はいつも下記の基本に立ち返って対応したいと考えている。
では、粉じん作業においてはこの基本をどのように進めていけばよいかをステップ毎に考えてみたい。
第1ステップは職場の作業環境管理と作業管理の視点である。この分野は産業医にとって必ずしも得意な領域とはいえない。実際の局排装置の能力計算など工学的な面での対応は産業医としては困難なため衛生工学の専門家の知恵を借りながら対策を進めることが必要である。では産業医はstep1でどのような関わりができるか考えてみたい。
はじめは、職場の特性を理解して粉じん作業職場であることを把握することである。そのためにはまず、どのような作業が、そのようなプロセスで実施されているかを把握し、その中で粉じん作業の有無を判断することになる。事業所の安全衛生担当者からの情報や、従来から実施されている健康診断の結果、作業環境測定記録などから、問題となりそうな場所を確認し、その情報をもとに産業医巡視を企画し現状を把握する、ここで産業医が力を発揮できるのは、人の特性を意識して作業者や作業を見る視点であると考える。
巡視の途中で立ち止まって、作業者の動き全体をしばらくの間観察してみると問題点に気づくことがある。例えば、機能的には有効な局排装置が設置されていたとしても、作業者を観察していると、発じん場所と、局排装置の間で作業をしており、作業者にとって粉じん暴露量が増加してしまっている状態を見ることは稀ではないからである。また、常用保護具あるいは緊急用・救助用の保護具なども、作業場への入り口と保護具保管場所、さらに作業場所との位置関係を考えて、使いやすい状態にあるかを確認することも意義が大きいと思われる。作業場入り口と作業場所への移動途中に保護具が設置されていない場合、わざわざ保護具をとりに行って作業するのが面倒で、近道行為に走りやすいのは人間の特性を考えれば十分理解できるからである。緊急用・救助用の保護具が、緊急事態が発生した際に利用できない作業室のもっとも奥まった棚に設置されていたこともある。実際使える環境に準備されているかを確認するのも、人の特性を知る産業医の仕事ではないだろうか?巡視を通じて把握できるこのような実践的な問題点は、作業管理・作業環境管理上重要な情報であると考える。
また、職場特性に応じた健康教育を通じても、職場の作業管理・作業環境管理の状況改善に関わることができる。
第2ステップは、例外的な健康状態の労働者(いわゆる健康者ではない人で、例えば妊娠中や、アトピーや喘息などの持病を持っている人など)に対して、適正配置で対応することであるが、これは第1ステップの作業管理・作業環境管理を十分実施したうえで取り組むべき対応であることを忘れてはいけない。粉じんの問題から少し離れるが、ある職場で導入する物質がアレルゲンとしての特性を有していることがわかったときに、職場から、作業する可能性がある人全員のアレルギーパッチテストを実施したいという相談があったことがある。パッチテストで陰性である人をその作業につける目的であった。作業開始前に陰性であっても作業開始後感作を受ける危険があることもあるが、一般的なレベルでの環境対策はなされていたものの、作業を考慮して十分な暴露低減のための措置を考慮する前の相談であっため、むしろ第1ステップの対策を十分実施することを勧める対応をとった。第2ステップの対策は、できるだけ誰もが働くことができるよう作業管理・作業環境管理を十分実施した上で、それでも問題が残る場合に取るべき対応だからである。
第3ステップは、じん肺の場合であれば、適切にじん肺健診を運用し健康状態の変化を早期に発見し対応を進めることである。実際のじん肺健診の運用や結果報告書の記載などについては、多くの成書があり、さんぽいばらき第25号にも、じん肺健康診断について詳細に解説されている。また、茨城労働局のホームページでも医師のためのじん肺健康診断結果証明書作成の手引きを参照できる。当然ながらじん肺健診での新規有所見が発生することがあれば、発生の原因や背景を確認して作業管理・作業環境管理・健康教育にフィードバックしていくことが必要である。
最後に、粉じん障害は、今日吸い込んだ粉じんですぐに発病することはなく、長期間吸入し続けた結果、粉じん作業からの離職後を数年あるいは十数年を経てじん肺症が発症し、一旦発症してしまうと、対症的な治療は確立されつつあるものの、じん肺に罹患した肺を健康な肺にもどすことができない不可逆性の疾患である。そのため、産業医の立場としても、作業管理・作業環境管理に関心をもち発症させないこと、また健康教育を通じて発症しないような作業や生活上の行動を取ることができるようにすることが最も重要と考える。