放射線と健康

筑波大学 臨床医学系 准教授
茨城産業保健総合支援センター 産業保健相談員
大原 潔
(さんぽいばらき 第31号/2008年3月発行)

放射線の光と影

放射線はそのさまざまな特質から、医療を始め、原子力発電、農産物の品質保全・品種改良、建築・土木構造物の非破壊検査などの諸産業において日常的に用いられ、人類に多大な恩恵をもたらしています。今や放射線を利用しない生活は考えられません。
しかし、光は強いほど影も深いものです。放射線は強力な核兵器として用いることもでき、使い方を誤れば甚大な被害を招くこともあります。殊に日本では、唯一の原爆被爆国としての悲惨な体験から、影の側面が強調されがちです。影の側面を抑制しつつ、恩恵を享受するために、放射線の施設やその使用者には、放射線管理区域や被ばく線量限度の設定(その被ばくを職業被ばくという)など、厳しい規制が設けられています。
職業被ばくには線量の制限があり、1年間に20mSv*と定められていますが、それでもなお、放射線と聞くと不安を感じる人は少なくありません。

* Sv : 体に吸収された放射線の物理量から生物影響を表す量に換算した単位、シーベルト、ここではミリシーベルト。

医療被ばくと線量制限

放射線診療における患者の被ばく(医療被ばくという)に対しては線量制限がありません。このことは、無制限に被ばくしてしまったと感じることになり、医療被ばくへの不安をかき立てられる要因の一つになっていると思われます。
しかし、線量制限がないのは、患者個人が受ける恩恵が悪影響を十分に凌駕すると考えられているからです。その判断は医師に委ねられています。放射線検査は、それで診断できる病気(例えば肺炎)では、その質や程度を判断する上でもっとも有用性の高い検査となります。逆に、”肺炎”がないことを診断する上でも重要な検査となります。聴打診や血液検査だけで診断することは、今時まずありません。

健康診断における放射線検査

一方、健康診断の受診者(被験者)においては事情が少し異なります。被験者は基本的には健康者で、患者ではありません。健康診断の目的は、無症状の病気を早期に発見することにもありますが、多くの場合、以上がない(健康が維持されている)ことを確認することにあります。つまり、健康状態に安心を得ることです。
健康診断における放射線検査として一般的なのは胸部エックス線検査です。職業病、例えばじん肺症や胸膜中皮腫などをきたすおそれがある人などは別として、その実際的な目的は今や肺癌の発見です。
少しでもあやしい場合には、「異常なし」の太鼓判を押すわけにはいかないので、精密検査を受けるよう指示されることになります。尿や血液の検査などとは異なり、検査結果が数値で示されるわけではないので、基準値でもって異常の有無を弁別することはできないのです。メタボリック症候群の診断とは事情が異なります。

放射線診断の特殊性

放射線検査は、放射線技師による撮像で画像を得、その画像を医師が「読影」して診断します。そのためには、得られた画像が読影に耐える良港な画質のものであり、次に、高い診断能をもって読影される必要があります。そうでなければ、患者/被験者は、単に被ばくをしただけということになりかねません。病気の見落としにも繋がりかねません。保険料は支払ったのに年金が受け取れないという事態に似ているかも知れません。
画質については今や、テクノロジーの進歩により、読影者の求めに適した条件に調整することが可能になりました。以前のように放射線技師が撮り直しをする事態はなくなりつつあります。また、電子情報として保存することができるので、かさばるフィルムを持ち歩いたり、保管するスペースを確保したりする必要性もなくなりつつあります。しかし、高い診断能が求められることには変わりありません。

放射線と発がん

さて、放射線検査には、消化管や尿路などの造影検査、CT検査、核医学検査(PET検査など)など、病気に応じてさまざまな検査法があります。では、これらの検査に伴う被ばくには具体的にどのような悪影響があるのでしょうか。それは可能性としての発がんです。
放射線を被ばくすると、その線量によってはがんが過剰に発生することが分かっています。その主な根拠は2つあります。放射線の人体影響がまだよく知られておらず、被ばく線量に規制がなかった時代に、職業被ばくによりがんが発生したこと、原爆被災者集団の追跡調査の結果、がんが過剰に発生したこととにあります。具体的には、原爆被災者においては、およそ200 mSv 以上の総量を全身に被ばくした人たちの中に、がんの発生が有意に増加したということです。
逆にいえば、仮にがんが誘発されるとしても、これ以下の線量では一般のがん発生率と差がない程度であるということです。放射線は遺伝子に損傷をおこす結果、がんを誘発することが分かっています。一方、動物の細胞にはその損傷を修復する機能が備わっていることも分かっています。
放射線に限らず、身のまわりにはさまざまな発がん要因があります。タバコはその代表です。今や日本人には2~3人に1人ががんになり、4~5人に1人ががんでなくなっています。

以上のことを基調に、医療における放射線利用の安全性について、セミナー*を開催する予定です。