メタボリック症候群

小沢(こざわ)眼科内科病院 副院長 水谷 正一
(さんぽいばらき 第26号/2006年07月発行)

はじめに

最近、「メタボリック症候群」という言葉を新聞やニュースでよく見聞きするようになったと思います。このメタボリック症候群は、昨年4月に日本内科学会など関連8学会により構成される委員会から診断基準が示された新しい疾患概念です。虚血性心疾患、脳梗塞などの動脈硬化性疾患の成因に関しては、高脂血症、境界型を含む糖尿病、高血圧、喫煙が4大危険因子として位置づけられています。そして、肥満者の多くは、耐糖能異常、高血圧、高脂血症をよく合併し、同様に糖尿病者においても高脂血症、高血圧をしばしば合併しています。
これらの危険因子のひとつひとつは程度が軽いのに、いくつか重複して有することで高度に動脈硬化が進行する病態に対して、1987年ごろから「死の四重奏」「シンドロームX」「内臓脂肪症候群」「インスリン抵抗性症候群」といった呼称をつけていました。危険因子を重複する症候群は、共通してインスリン抵抗性や肥満を中心病態として、高率に虚血性心疾患を発症するハイリスクグループであることから、国際的に呼称の統合が進み、現在の「メタボリック症候群」に至っています。その後、これらの危険因子の重複は偶発的ではなく、共通した病態を有し、動脈硬化の発症および心血管イベントの発症に関与することが示されて、メタボリック症候群の概念が誕生しています。
今回は生活習慣病のトピックとなっているこのメタボリック症候群について、簡単に概説したいと思います。

メタボリック症候群の疫学

今年5月に、メタボリック症候群の成人有病者は約1,300万人と推計されることが、厚生労働省の2004年国民健康・栄養調査の結果として発表され、新聞各紙は1面に報道しました。有病者一歩手前の”予備軍”も約1,400万人で、両方合わせると約2,700万人。40~74歳では有病者が約940万人、予備軍が約1,020万人になります。割合は中高年になるほど増加傾向を示し、40~74歳に限ると男性では2人に1人、女性では5人に1人が有病者か予備軍ということになりました。高血圧患者数は3,900万人、高脂血症は2,200万人、糖尿病(予備軍を含め)は1,620万人、肥満症は468万人と言われており、これらの患者数は年々増加していることから、今後メタボリック症候群と診断される患者の数もますます増えることが予想されます。
日本の企業労働者12万人の調査では、軽症であっても「肥満」、「高血圧」、「高血糖」、「高トリグリセリド(中性脂肪)血症」、または「高コレステロール血症」の危険因子を1つ持つ人は虚血性心疾患の発症リスクが5倍、2つ持つ人は10倍、3~4つ併せ持つ人ではなんと31倍にもなることが報告されており、危険囚子の重複が動脈硬化症のリスクを相乗的に高めることが明らかとなっています。

メタボリック症候群の診断

メタボリック症候群の診断基準を簡単に言えば、上半身肥満を必須項目として脂質代謝異常、高血圧、耐糖能異常の3つのうち2つ以上を合併した状態です(表)。

表 メタボリック症候群の診断基準

内臓脂肪(腹腔内脂肪)蓄積
ウエスト周囲径     男性≧85cm
            女性≧90cm
(内臓脂肪面積 男女とも≧100cm2に相当)
上記に加え以下のうち2項目以上
高トリグリセライド血症 ≧150mg/dl
かつ/または
低HDLコレステロール血症 <40mg/dl
男女とも
収縮期血圧 ≧130mm Hg
かつ/または
拡張期血圧 ≧85mmHg

空腹時高血糖 ≧110mg/dl
*CTスキャンなどで内胴脂肪量測定を行うことが望ましい。
*ウエスト径は立位,軽呼気時,臍レベルで測定する。
脂肪蓄積が著明で臍が下方に偏位している場合は肋骨下縁と前上腸骨棘の中点の高さで測定する。
*メタボリックシンドロームと診断された場合、糖負荷試験が薦められるが診断には必須ではない。
*高TG血症,低HDL-C血症,高血圧,糖尿病に対する薬剤治療をうけている場合は、それぞれの項目に含める。
*糖尿病,高コレステロール血症の存在はメタボリックシンドロームの診断から除外されない。

文献1)より引用

正確には必須項目としてウエスト径男性で85cm以上、女性で90cm以上の人で、A.中性脂肪150mg/dl以上あるいはHDLコレステロール40mg/dl未満、B.収縮期血圧130mmHg以上あるいは拡張期血圧85mmHg以上、C.空腹時血糖値110mg/dl以上、の三項目のうち二項目以上当てはまる場合にメタボリック症候群と診断されます。
平均的に体の大きい男性のウエスト径の基準値が女性よりも5cmも厳しいというのは、意外かもしれません。体脂肪は皮下脂肪と内臓脂肪に分類されますが、メタボリック症候群の発症に大きく関係するのが内臓脂肪です。内臓脂防量の正確な測定にはCTで脳レベルの内臓脂肪面積を測定します。内臓脂肪100平方センチメートル以上がメタボリック症候群の基準値になりますが、これがウエスト径で男性85cm、女性90cmに相当することからこの診断基準が定められました。
本症候群には動脈硬化症の確立したリスクである高LDL-C血症を含まないことも特徴で、耐糖能異常、高血圧、高TG血症、低HDL-C血症、高インスリン血症は互いに関連したリスクグループを形成しますが、高LDL-C血症は別の独立した危険因子であることを改めて想起させる概念となっています。

メタボリック症候群の病態

メタボリック症候群は肥満を基礎とし、軽度の糖代謝異常、高血圧、中性脂肪の異常などの複数の危険因子を有する症候群です。発症の根底には、過食と運動不足、その結果としての肥満(内臓肥満)があります(図)。

図 メタボリック症候群の発症

図 メタボリック症候群の発症

内臓に脂肪が蓄積すると、その脂肪細胞が分泌する生理活性物質であるアディポネクチンの産生低下、アディポサイトカイン(PAI-I、TNF-α)の産生増加などが起こり、血糖値を調節するインスリンに対する抵抗性が高まります。インスリンの働きが悪いと血糖値が上昇し、それを正常化するために膵臓がインスリン分泌を増加させます。増加したインスリンは腎臓でのNa(ナトリウム)の再吸収を促進し、血圧上昇の原因となります。さらに、インスリンには脂肪を合成する作用もあるので、中性脂肪が増加し内臓脂肪がさらに蓄積されることで悪循環に陥っていきます。
このインスリンの働きが低下した状態を、インスリン抵抗性といいます。インスリン抵抗性や肥満を中心病態とする患者においては高率に虚血性心疾患を合併することや、そのインスリン抵抗性の結果として高インスリン血症が存在することが知られ、高インスリン血症と耐糖能異常や、脂質代謝異常、高血圧、虚血性心疾患との関係が注目されていました。
メタボリック症候群は、耐糖能異常、脂質代謝異常、高血圧のみならずPA-1、CRPの上昇などの血栓形成や炎症などのLDL以外のほとんどの動脈硬化病態と関連していることから、LDLとは独立して動脈硬化症の発症進展を促進する疾患概念となっています。したがって、動脈硬化症の発症進展を規定する要因は、1.LDL、2.メタボリック症候群、3.喫煙、ストレス、と大別でき、メタボリック症候群の治療が動脈硬化症の発症進展を抑制するうえで大きな比重を占めることが理解できます。

メタボリック症候群の予防口治療

危険因子を個々に治療した場合にどれぐらい動脈硬化性疾患の発症を抑制できるかは評価されていますが、単独で効果はそれほど上がりません。実際の診療では診療ターゲットである粥状動脈硬化症の進展抑制のために、すべての危険因子に対して治療されることが通常であり、各々の危険囚子を適正に治療した場合の治療全体の有効性や特異性は格段と上昇します。また、一つでも疎かにすれば、粥状動脈硬化症治療の有効性や特異性は低下してしまいます。
内臓脂肪が蓄積された原因はこれまでのエネルギー過多の食事と運動の不足にあり、生活習慣を改善する事が治療の基本です。諸悪の根源である内臓脂肪量を減らすことが最重要で、脂肪過多の食生活の是正と脂肪を燃やすために有酸素運動を行います。生活習慣を十分改善しても、糖尿病や、高血圧など個々の疾患データに効果が見られないときには医師によりそれぞれに対して薬物療法が選択されることになります。

1) 肥満の是正

まず肥満の是正が必要です。肥満度の評価にはウエストサイズの他にボディマス指数(BMI:Body Mass lndex)も用いられます。この指数は体重/(身長)2で計算され、22が標準、25以上は肥満と判定されます。20歳の頃はスリムだったのに、その後体重が増加し、30代になるとBMIが24以上の太り気味もしくは、25以上の肥満という人が多く見られます。減量に成功すると血圧が下がり、血糖値や中性脂肪、尿酸値などの改善が見られます。

2) 食生活の見直し

ファーストフードの普及や清涼飲料水の消費増加など食生活の欧米化により、子供のころから脂肪および単純糖質の摂取過多が進行しています。最近は朝食を摂らない人が増えていると言われていますが、忙しいサラリーマンによく見られる「朝抜き、昼そば、夜ドカ食い」という偏った食事の摂り方は運動不足と併せてそのまま肥満の原因になります。食事の基本は3食きちんと摂ること。脂肪と単純糖質の摂り過ぎに注意すること。塩分の摂りすぎにも注意すること。そして食物繊維やビタミン、ミネラルは不足しがちなので積極的に摂取すること。特に外食は脂肪や塩分が多くなりがちなので注意が必要です。そして満腹感が得られるまで食べ続けるのではなく「腹八分目」程度に抑え、時には残す勇気も必要です。
飲酒はインスリン抵抗性を克進させ、メタボリック症候群のリスクを増加させます。しかし、適量の飲酒が心血管疾患のリスクを低下させるという報告もあり、まったく禁止することもないでしょう。適量の目安は、純エチルアルコールで1日20グラム程度です。具体的にはビールなら中びん1本、日本酒は1合、ワインはグラス2杯、ウイスキーはシングル2杯、焼酎はストレートでコップ半分程度となります。

3) 生活の中に運動を取り入れよう

残るは運動不足の解消です。ウォーキング・ジョギング・水泳のような全身運動を15分以上持続すると有酸素運動になります。有酸素運動は、脂質代謝を高め、運動能力を維持し、心肺機能を向上させます。とはいえ、普段仕事をされている方が急に毎日歩きましょうと言われてもなかなか時間が作れないのが実情だと思います。通勤時バス停ひとつ分歩く距離を長くしたり、できるだけ階段を使うなど、1日1万歩を目標に普段の生活の中で歩く量を増やす取り組みが大切です。

4) その他

喫煙は動脈硬化症の危険囚子のひとつです。今年度の保険制度改正で、喫煙者は「喫煙病」という病気の患者であり、禁煙指導や禁煙補助薬の使用に対して保険が適応されることになりました。皆さんも是非禁煙に取り組んでください。また、精神的なストレスや睡眠不足も動脈硬化症の発症に関与していると考えられており、これらの解消も予防的効果があります。

おわりに

メタボリック症候群の背景には、生活習慣の欧米化(高カロリー、高脂肪、高単純糖質、運動不足)が重要な役割を果たすことから、生活習慣の改善が基本的な治療となります。また、高脂血症、高血圧、糖尿病などの個々の疾患の治療に際しても、薬剤のみに依存するのではなく、適正な食事療法や運動療法を継続して、肥満やインスリン抵抗性を是正すべきなのはいうまでもありません。
糖尿病や高血圧、高脂血症はどれもよほど重症化しないと自覚症状がなく、「サイレント・キラー(沈黙の殺人者)」といわれる疾患群です。メタボリック症候群はこれらの疾患の要素を複数持ち、かつひとつひとつが軽症であるために自覚症状はまずありません。今までの健診項目にウエストサイズの測定を加えることで、メタボリック症候群の診断は比較的簡単にできます。大切なのは、診断された後で確実に受診者に疾患の存在と重大性を自覚させ、治療に結び付けていくことです。

【参考文献】

1)メタボリックシンドローム診断基準検討委員会: メタボリックシンドロームの定義と診断基準. 日本内科学会雑誌 94(4):188-203、2005.
2)山田信博: メタボリックシンドロームの概念と意義. 日本臨床62(6):1021-1027、2004.