化学物質による健康被害の未然防止
住友金属テクノロジー(株)支配人兼土壌環境部長
茨城産業保健推進センター 産業保健相談員 – 番 博道
(さんぽいばらき 第27号 2006年11月発行)
表1にこの関係を示します。
影響度 | ||||
小 | 中 | 大 | ||
発生確率 | 低 | 低 | 低 | 中 |
中 | 低 | 中 | 大 | |
大 | 中 | 大 | 大 |
リスクマネジメントの際に参考になると思います。簡単な例で言いますと、地震のように発生する確率は大きくないが、影響は大きいといった場合とか、日常作成する書類の誤字脱字のように頻繁に起こるけれども影響は大きくない場合が挙げられます。
化学物質の「環境リスク」は、化学物質などによる環境汚染が人の健康や生態系に好ましくない影響を与えるおそれのことをいい、化学物質の有害性の程度と、それにどのくらいさらされているか(曝露量)によって決まります。これを式で表すと次のようになります。
化学物質の環境リスク = 化学物質の有害性×曝露量
曝露量が小さければ、リスクは小さくなるわけですから、有害物質が排出されているからといって、すぐにリスクが大きいということにはなりません。曝露量を知るためには、大気や排水中にどのくらい有害化学物質が出ているかを知ることが必要になります。
2.化学物質の危険有害性の表示
(1)労働安全衛生法の化学物質等の有害性等の通知制度
労働安全衛生法が平成12年4月に改正され、化学物質の有害性等の通知制度が施行されました。
化学物質の危険または有害な性質は、「化学物質等の危険有害性の表示に関する指針」(平成4年7月1日)(労働省告示第60号)に定められており、その内容を表2に示します。
1.爆発性 | 火気その他点火源となるおそれがある物に接近させ、加熱し、摩擦し、又は衝撃を与えることにより爆発する危険を有する固体又は液体の性質をいう。 |
2.高圧ガス | 圧縮され、又は液化されていることによる危険を有する気体の性質をいう。 |
3.引火性 | 火気その他点火源となるおそれのある物に接近させ、若しくは注ぎ、蒸発させ、又は加熱することにより引火する危険を有する液体の性質をいう。 |
4.可燃性 | 火気その他点火源となるおそれのある物に接近させ、酸化を促す物に接触させ、加熱し、又は衝撃を与えることにより発火する危険を有する個体又は気体の性質をいう。 |
5.自然発火性 | 空気に接触させることにより発火する危険を有する性質をいう。 |
6.禁水性 | 水に接触させることにより発火し、又は可燃性のガスを発生する危険を有する性質をいう。 |
7.酸化性 | 当該物質の分離が促される物に接触させ、加熱し、摩擦し、又は衝撃を与えることにより分解が促される危険を有する物質(他の物質を酸化する性質を有する物に限る。)の性質をいう。 |
8.急性毒性 | 人に急性中毒を起こすおそれのある性質をいう。 |
9.腐食・刺激性 | 次のいずれかの性質をいう。 人の皮膚に不可逆的な損傷を起こすおそれのある陸質 人の皮膚に紅斑、痂(か)皮又は水睡を起こすおそれのある性質 人の目に角膜混濁、虹彩の異常、結膜の発赤又は結膜水腫を起こすおそれのある性質 |
10.特定有害性 | 次のいずれかの性質をいう。 人にがんを発生させるおそれのある性質 微生物に、又は哨乳類の培養細胞に強い変異(その変異が統計的こ有意なものに限る。)を発生させる性質 人の生殖能力又は胎児の発生若しくは成長に影響を及ぼすおそれのある性質 人の胎児の身体又はその機能に異常を生じさせるおそれのある性質 人に感作を生じさせるおそれのある性質 |
名称 1. 成分及び含有量 2. 物理的及び化学的性質 3. 人体に及ぽす影響 4. 貯蔵又は取り扱い上の注意 5. 流出その他の事故が発生した場合において構ずべき応急の措置 6. 前各号に掲げるもののほか、労働省令で定める事項 (通知を行う者の氏名(法人にあってはその氏名);労働安全衛生規則) |
労働者に健康被害を生ずるおそれのある物で政令に定める物又は労働安全衛生法第56条第1項の物(通知対象物質;現在638物質)を譲渡し、又は提供する者は表3に示す事項を相手方に通知しなければなりません。ただし、主として一般消費者の生活の用に供される製品とじて通知対象物を譲渡し、又は提供する場合については、この限りではありません。
成分の含有量については、通知対象物質ごとに重量パーセント(べンゼンにあっては、容量パーセント)で通知しなければなリません。なお、労働安全衛生法施行令別表第9第632号の厚生労働省令で定める物は、同表第1号から第631号までに掲げる物をその重量の1パーセント(べンゼンにあっては、容量の1パーセント)を超えて含有する製剤その他の物とするとなっています。
事業者は、通知された事項を、化学物質、化学物質を含有する製剤その他の物で当該通知された事項に係るものを取り扱う各作業場の見やすい場所に常時掲示し、又は備え付けることその他の労働省令で定める方法により、当該物を取り扱う労働者に周知させなければなりません。
(2)化学物質排出把握管理促進法によるMSDS(Material Safty Data Sheet)制度
化学物質等を扱う事業者には、本来、規制の有無にかかわらず、人の健康や環境への悪影響をもたらさない化学物質等を適切に管理する社会的責任があります。
MSDS項目 |
(MSDSには、日本語で、以下の事項を記載しなければなりません。)
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しかしながら、化学物質等の種類やその有害性は多様であり、事業者は、その性状、有害性、適切な取り扱い方法に関する情報の大部分について、あらかじめ持ち得ていないと言って良いと思います。
他方、化学物質等の譲渡・提供を行う事業者は、取引先の事業者に比べて化学物質等の有害性の情報を入手じやすい立場にあると考えられます。これらの情報は、商品情報とは異なり、取引の際に積極的に提供されにくい性格を有していますので、情報伝達に係る全体的なルールが存在しなければ、”事業者から事業者へ”有害性の情報が確実に伝達されることが困難になります。
以上のような背景から、平成13年1月から化学物質排出把握管理促進法のもと、MSDS制度の運用が始まりました。
MSDS制度は、事業者が自ら取り扱う化学物質の適切な管理を行うために、取り扱う原材料や資材等の有害性や取リ扱い上の注意等について把握します。このため、対象化学物質(又はそれを含有する製品)を事業者間で取引する際、化学物質の譲渡・提供事業者に対し、その性状及び取り扱いに関する情報(MSDS)の提供が義務づけられています。
化学物質排出把握管理促進法のMSDS制度の対象化学物質は、「第一種指定化学物質(354物質)」及び「第二種指定化学物質(81物質)」及びそれらを含有する製品(指定化学物質等)です。
MSDS制度の対象事業者は「指定化学物質等取扱事業者」と呼ばれ、指定化学物質等を取り扱う事業者が対象となります。PRTR制度の対象事業者と異なり、業種や常用雇用者員数、年間の取扱量による除外要件はあリませんので、指定化学物質を取扱っている全ての事業者が対象となります。
MSDS制度は、国内規格としてはJIS Z 7250、国際規格としてはISO 11014-1(内容はJISと同じです。)として記述内容が標準化されています。表4にMSDSの記載項目を示します。
第一種指定化学物質
PRTR制度の対象物質にもなっている化学物質
第ニ種指定化学物質
PRTR制度では対象となっていませんが、MSDS制度では対象となっている化学物質
3.リスクアセスメントと作業環境測定
「化学物質等による労働者の健康障害を防止するため必要な措置に関する指針」に、化学物質による労働者の職業性疾病が依然として相当数発生していますことから、化学物質管理計画の策定、リスクアセスメントの実施が指針の措置として定められています。
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この指針でいうリスクアセメスメントとは、「化学物質等の人体に及有害性に関する情報を入手して、当該化学物質等の有害性の種類及び程度、労働者の当該化学物質への曝露の程度に応じて労働者に生ずるおそれのある健康障害の可能性及びその程度を評価し、かつ、当該化学物質への曝露を防止し、又は低減するための措置を検討することをいう」となっています。指針には、このリスクアセスメントの結果に基づいた健康障害防止措置の策定および実施を盛り込んだ化学物質管理計画を策定することとしております。
また、同日付け(平成12年3月31日)の労働省基発第212号通達では、リスクアセスメントを実施する際に表5の事項を考慮すべきとしています。リスクアセスメントを実施するためには、使用されている化学物質の有害性について認識するとともに、化学物質などの曝露の程度を推定する必要があリ、そのために実施されるのが「作業環境測定の実施」と「作業環境の実態の評価」です。労働安全衛生法(以下安衛法という。)第65条の作業環境測定を義務づけています物質は93物質です。安衛法57条の2で有害性等の情報提供を義務づけています化学物質は638物質です。この638物質のうち、454物質の測定方法があります。残り184物質のうち、国内で分析用の標準試薬が発売されていない物質が55物質、測定方法が見つからない物質が129物質あります。
また、測定結果の評価に使用可能な濃度基準値のある物質が484物質で、残り154物質には濃度基準がなく、測定結果を判断する際の何らかの判断が必要になります。
有害物質を取り扱う作業場のリスクアセスメントを的確に実施するためには、作業環境中の有害物質に係わる情報収集のための作業環境測定は重要といえます。管理濃度が決められていなくても、日本産業衛生学会の許容濃度や米国産業衛生専門家会議(ACGIH) のTLVなどの曝露限界値を仮の管理濃度として測定し、単位作業場の中にある施設や設備に対して必要な措置を講ずることになります。