あなたの会社のメンタルヘルス対策

元大分県立看護科学大学 精神看護学教授
茨城産業保健総合支援センター 産業保健相談員 河島 美枝子
(さんぽいばらき 第29号 巻頭言/2007年7月発行)

< はじめに >

2005年の労働安全衛生法の改正および「労働者の心の健康保持増進のための指針」(新指針)の公示を受け、現在事業者には職場のメンタルヘルス対策へのより積極的な取り組みが求められています。さて、今あなたの事業場でのメンタルヘルス対策への取り組み状況はいかがでしょうか。
「うちはわずか30人ばかりの小さな工場だから…」、「今までそんな問題はなかったから…」、「看護師さん、保健師さんや産業医の先生など専門家がいないから…」、「難しそうで何から手を付けたらよいか分からない」、「仕事だけで手一杯、そんな余裕はない」、「お金のかかることはできないから…」、「心の問題に会社が踏み込むなんて…、個人に任せておいた方がいいのではないのか」などの様々な思いや、内科を専門とする産業医の先生があまり積極的でないという事情も加わり、メンタルヘルス勉強会を敬遠し、全く手をつけていない状況も多いと考えられます。
「うちでもストレス対策やメンタルヘルス勉強会をやりたいのだが、具体的には何をどうやったら良いの?」、「個人のプライバシーに関わることだから、会社として実際に手をつけるにはどのような注意が必要なの?」などと、やる気は十分ですが具体的な実施方法の問題で、実施に踏み切れない状況もあります。
さらに「以前に精神科の先生に心の病気の話をして貰ったけれど…」、「悩み事の相談窓口をせっかくつくったのに誰も利用してくれない…」、「ストレスチェックをやったがそのままになってしまっている」、「パンフレットを配ったのだが、ゴミ箱に捨てられていた」など、やっては見たものの折角の取り組みが生かされていないところも多いと思われます。

以下にあなたの事業所の状況に合う対策を探るためのヒントを述べてみたいと思います。

1. メンタルヘルス勉強会の内容は?

新指針では以下の4つが代表的な事業所でのメンタルヘルス対策とされています。

  1. メンタルヘルスの相談体制を作る。
    悩み事や精神的不調について気軽に相談できる体制(窓口や相談担当者)を整備することは事業所で最も多い取り組みの内容です※1

    第3図 心の健康対策取組内容(複数回答)

    第3図 心の健康対策取組内容(複数回答)

    誰でも、いつでも、気軽に、安心して(内容が漏れない)利用できることが大切で、「利用して良かった」と思えるような対応が行われていれば、次第に従業員の間に口コミで窓口の有用性が浸透します。社内窓口を設ける際は、担当者が相談対応のスキルを磨けるように研修の受講や、専門的情報提供の手段を提供することが大切です。多くの従業員が立ち寄る事務所に専門医療機関の情報や相談先リストを貼ったり備えたりするだけでも相談機能を果たすことになります。社内相談に抵抗のある従業員のために、社外の公共で無料の相談窓口(各地域保健所、県精神保健福祉センターなど)も周知しましょう。

  2. ストレス・メンタルヘルスに関する教育・研修を行う。
    管理職を中心に従業員全体が心の健康に関する正しい知識を持つことが対策の基本です。心の健康に関する社会的関心が高まっている現在は、研修を契機に取り組みを始める良い時期です。社外の専門家の利用は新鮮でインパクトがあります。社外での講演会などに参加した従業員を講師役にした朝礼時や昼休みの報告も手軽な研修方法です。研修を繰り返して行うことで従業員には自然に「メンタルヘルス」が身近なテーマとして浸透して行きます。
  3. 職場復帰の支援を行う。
    メンタルヘルスの問題で休んだ従業員が再び職場で順調に働けるように支援することが必要です。退職や再発による人材の損失を予防するばかりではなく、上手く行った事例を積み重ねることが精神障害への偏見を和らげることに通じます。人的な余裕の少ない中・小規模事業所では支援内容が限定されるかも知れませんが、柔軟な個別対応が可能です。厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が参考になります。
  4. 職場環境の把握と改善を行う。
    職場での心の問題発生の原因・誘因となるストレスの状況をまず調査します。次に結果を分析し、問題となっている施設や設備、作業法や人間関係などのストレスの改善を図ることで、メンタルヘルス問題の発生予防をする方法です。やりたくても専門家がいないから調査・分析などにはとても無理だという場合には、素人にも可能な調査・分析方法も無料で提供されています。
    中・小規模事業所では調査・分析などのやや間接的なやり方より、直接に従業員から職場や仕事に関する意見やアイディアを日々聞き取り、それらを反映した職場つくりを行ってゆく努力の方が現実的です。その基本となる風通しの良いコミュニケーションが活発な職場つくりには、規模の小さいことがむしろ有利になります。

2. 中小規模事業場でのメンタルヘルス対策の重要性

メンタルヘルス対策は規模の大小に関わらず全ての職場で必要です。心の健康問題は体の健康問題と同様にどこの職場にでも起きる問題で、従業員が少ないから…、今までにメンタルヘルスの問題などなかったからといって無視はできません。むしろ小規模の事業所ほど一度問題が起きると、その影響は大と言えますので一層の推進が必要と考えられます。

従業員規模別 メンタル問題による休業率

従業員規模別 メンタル問題による休業率

2004年の厚生労働省研究班の調査※2では、従業員規模による休業率が増加しています。その理由として、中・小規模事業所の職場環境の整備の遅れ、労働者の職場への定着率の低さ、一度メンタルヘルス問題が起きると復職に際しての支援を行う余裕に乏しいこと等が挙げられます。またメンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合も規模が小さくなるほど少なくなっています。※3

事業規模別 心の健康対策取り組みの割合(%)

事業規模別 心の健康対策取り組みの割合(%)

最近患者数の増加や自殺との関連からうつ病が話題となっています。うつ病は15人に一人が一生の間に経験すると言われており、50人に一人は過去1年間の間にうつ病を経験しているとされていますので、大変身近な心の病気になっています。
これからは、経済的・人的資源・組織力の不足や経験の蓄積のなさというハンディを抱える中・小規模事業所でも可能な対策を進めて行かなくてはなりません。
メンタルヘルス対策には従業員の心の健康問題の発生を予防し、より働きやすい職場つくりをする目的がありますので、全ての職場で取り組んでいただきたいと思います。

3. メンタルヘルス対策を進める上での中・小規模事業所の利点

しかし、中・小規模事業所での対策には有利な点もあります。少人数の職場では管理監督者の目が従業員の一人一人に行き届くため。きめ細かく即応性のある柔軟な対策が可能です。メンタルヘルス問題の兆候も早期に気がつきやすく、対策の効果も実感されやすいのではないでしょうか。家族的な雰囲気を利用して従業員が一丸となった斬新な取り組みや従業員の家族も含めた対策も可能です。町工場の職場研修やレクリエーション活動に家族が参加している姿を見かけるのはその例になります。

4. メンタルヘルス対策、3つのキーワード:ムリ、ムダ、ムラ

  1. ムリ:ムリしない、背伸びしない
    最初は熱心な担当者が一人で一生懸命に頑張って実施しても、ムリをすると長続きをしません。地味でも多数で係わりながら着実に継続してゆくことが大切です。対策のメニューもあれこれと欲張らず、少しずつ試しながら夫々に合うものを見つけて行きましょう。費用に関しても同様です。
  2. ムダ:対策は無駄に見えても決して無駄ではない
    対策の効果は目に見えないことが殆どです。効果を測る数値目標を決めること自体が大変難しく「なんとなく雰囲気が良くなったなあ」と感じる程度かも知れません。反対に管理職研修を始めたとたんに、今までは隠れていた問題や精神的な不調者に気づくようになり、相談件数が増えることはしばしば経験されます。現在の変化の激しい社会では、問題の増加がないことが効果といえるのかもしれません。対策の効果はその内容によりますが、即効性があるというよりじっくりと効いてくる方が多いのです。
  3. ムラ:ムラなく年間を通して対策を行う、ムラなく多様な対策を試みる
    秋の労働衛生週間にメンタルヘルス対策などを集中的に実施することは、対策に取り組む良い契機となります。しかしそれだけで終わってしまえば、折角盛り上がった心の健康への関心はたちまち忘れ去られてしまいます。メンタルヘルス関連記事を社内報に載せるなど、一時のお祭りで終わらない工夫が大切です。

5. 気軽で長続きするメンタルヘルス対策のヒント

  1. 既存のメンタルヘルス対策の経験・知識の共有とレベルアップ
    昔からどこの職場でも上司は、個人的に部下の悩み事の相談に応じたり、長期に休んでいる人や復職した人の面倒を見たりしていました。また機械の配置や性能が悪く作業担当の部下が心身共に疲れてしまうような場合には、レイアウトを変える、使い勝手のよいように機械を改良するなどの対策の先頭に立ちました。それらは新指針の「ラインによるケア」と言うことになります。管理職が日常的にしている業務管理をメンタルヘルス対策の一環として位置づけ、意識的に自分の役割を果たすことが大切です。管理職研修を通じて知識・技術を身につけて貰うことは勿論大切ですが、身近な先輩の経験に裏打ちされた知恵に学ぶ方がより効果的です・管理職の会議などの際に経験発表として取り上げるのも一方法です。
  2. メンタルヘルスに興味・関心の高い人の従業員の育成
    常勤の産業医を有する職場は全体の5%程度、100名以下の事業所では産業医を選任していない事業所も4割弱で、現状ではメンタルヘルス対策に関わる専門家を事業所内に確保することは容易ではありません。保健師、看護師がいればメンタルヘルスの知識を積極的に学んでもらい健康管理活動をパワーアップして貰いましょう。どの職場にも最近はメンタルヘルス関連の知識・技術(カウンセリング、コミュニケーション、コーチング)などを学ぶ意欲にあふれた人がいます。このような人材に外部で研修を受けてもらい対策のコアとして生かしましょう。有効なメンタルヘルス対策の企画・実施に不可欠な条件は職場の事情に精通していることにあります。
  3. 一般従業員の対策への理解と協力の醸成
    会社の方針としてメンタルヘルス対策を有効に実施する上で、一般従業員の理解と協力は欠かせません。折角職場でストレスの調査をしても回答者である一般従業員の協力が得られなければ、回収率が低くなったり正直な回答が得られなかったりで、実態が反映されない可能性もあります。精神的不調は生活習慣病の管理と同様「遠い他人の問題ではなく自分の生活に直接関わること」の認識が必要です。毎日の朝礼や定期検診を利用し、繰り返し一般従業員にメンタルヘルスへの理解を説明しましょう。メンタルヘルス対策に関する会社の方針や具体的な実施内容を繰り返し多様な方法で伝えて行くことが肝心です。
  4. 職場環境の改善はコミュニケーションから
    職場の3大ストレスと言われるものは、仕事の質と量そして人間関係です。どのような近代的設備の整った職場でも、人と人とのつながりが大切です。人間関係の不調は大きなストレスになる一方で、良い人間関係はストレスを緩和します。人間関係を決める大きな要素はコミュニケーションです。事故対策としてコミュニケーションの改善が挙げられると同様、メンタルヘルス対策上もコミュニケーションの改善が重要です。特に管理職には部下との会話を主体とする円滑なコミュニケーション力が求められます。挨拶など職場の日常的な会話を活発にすることも手軽でしかも重要な対策なのです。
  5. 無料で使える資源の活用
    経済的な負担を少なくすることが、対策を長続きさせるコツです。専門機関や組織はインターネット上で無料で使える様々な対策の情報や現場で使えるツールを提供しています。地域の機関も有効に利用しましょう。手軽に安心して使用が出来る機関やサイトを以下に紹介します。

< おわりに >

メンタルヘルス対策は今、中・小規模事業所を中心に一層の推進が必要です。対策の実効性、継続性を目指し、事業所の状況による個別的な無理のない方法を取る必要があること、そのためにローコストの社外資源の利用や社内人材の育成が望まれます。