うちのトーちゃん汽車ポッポ / タバコは依存性薬物

産保亭扇太

――― 横丁のご隠居さん人情相談 産業保健編 第3回
清兵衛 「ご隠居さん。こんにちは」 
ご隠居  「おや、しばらく見かけなかったと思ったら、清兵衛さんでは」
清兵衛 「はい。ご無沙汰しておりました。大山詣でに3日ばかり・・。これは少しばかりの土産」
ご隠居 「これはかたじけない。ありがたく頂くとしよう。ところで、お山はどうでしたか」
清兵衛 「きつい上りで息が切れて・・。お年寄りや小さな子供も平気で登っているので、自分でも情けなくなりました。でも、山頂での煙草は旨かった。至福の一服とでもいうんですかねぇ」
ご隠居 「そうだろう。登っているときは、吸う暇がないからね。しかしだね、清兵衛さん、お前さんそろそろ煙草をやめてみたらどうだい」
清兵衛 「えッ?」
ご隠居 「煙草はうまかろうが、身体に良くない。呼吸困難や運動時の息切れなどは煙草のせいじゃ。そればかりじゃない。心筋梗塞や狭心症の危険性も高くなる」
清兵衛 「分かってはいるんですが、なかなか止められなくて・・」
ご隠居 「分かっておらんようだ。煙草を吸う男性は、非喫煙者に比べて肺がんによる死亡率が約4.5倍高くなると世界保健機構(WHO)から報告されている。がんに罹りたくなかったら、煙草をやめることじゃ」 
清兵衛 「でも、煙草を一本すぅーとやると、気持ちが落ち着くのはどういうわけですかい?おいらにとっちゃ、煙草をやめるストレスの方が体に悪い!」
ご隠居 「おや、馬鹿に喰ってかかるね。それは依存症というもんだ」
清兵衛 「依存症?」
ご隠居 「煙草に入っている有害物質の1つ、ニコチンはクセになりやすい。一度クセになると、ニコチン切れでイライラしたり、集中力がなくなったりする。さらに、頭が痛くなる、だるい、眠いなどの症状も出てくる。それがニコチンによる離脱症状じゃ。煙草を吸わないと気持ちが落ち着かないというのは、離脱症状が出ている証拠だ。」
清兵衛 「離脱症状?なんですかそれ?話が難しくなって、煙に巻かれているようだ」
ご隠居 「うまいしゃれを言う。離脱症状というのは禁断症状のことだ。このあいだ、お前さんとこのター坊が、”うちのトーちゃん汽車ポッポみたいだ。いつも煙を吐いている”って言っていたぞ」 
清兵衛 「面目ねえ。最近は、かみさんにも言われてる。あんた、”仕舞には穴からも煙がでるよ”ってね」
ご隠居 「それじゃあ、まったく自動車だ。」 
清兵衛 「へぇ。実は、これまでも、なんどか禁煙しようとしたことがありやした。でも、何回やってもダメ。イライラしたり、落ち着かなくなったり、頭が痛くなったりして・・。いつの間にかタバコ吸っているですよ。なかなか禁煙できないのは、意志が弱いからですかねぇ?ご隠居さん」 
ご隠居 「そう思いつめることはない。煙草に依存性があるということはもはや常識だ。国際疾病分類(ICD-10)や精神障害者の診断マニュアルでもレッキとした病気として扱われている。だから、離脱症状を回避するためにのべつ煙草に手が伸びてしまうのじゃ。やめられないのは、病気の結果だともいえる」 
清兵衛  「煙草依存について、もう少しくわしく教えてもらえませんか」 
 ご隠居 「タバコ依存は、身体的依存と精神的依存がある。身体的依存は、体がニコチンを欲しがって、イライラしたり、朝起きてすぐに1本吸いたくなったりすること。精神的依存は、タバコを吸うことがクセになっていて、手持ち無沙汰になると、つい煙草に手が伸びる。この2つの依存で、タバコがなかなかやめられないんじゃ」
清兵衛 「2つの依存ね。思ったより、大変なんですね」
ご隠居 「感心している場合じゃない。これまでに何回か禁煙にチャレンジしたものの、なかなかうまくいかなかった人にはニコチンパッチやガムといった薬を使ってニコチン離脱症状をやわらげる方法もある」
清兵衛 「ほかには?」
ご隠居 「禁煙しようとしている仲間とメールなどでお互いをはげましあったりする方法もある。これだと、精神的にはずっと楽に禁煙できるようになる」
清兵衛 「なるほど。でも酒の席での我慢は辛い。お酒と煙草はセットのようなものですから・・」
 ご隠居  「覚めの一服、食後の一服など、喫煙する時の行動は自然に出る。つまり体が覚えてしまっているのじゃ。ここが禁煙の最大の山場とも言えるが、『煙草を吸う』というクセを別のクセに置き換え、吸いたくなったら気をそらす方法もある。例えば、ガムを噛むとか、深呼吸をするとか、水を飲むとか」 
 清兵衛  「そんなことでうまくいくんですかい?」
 ご隠居  「最終的には本人の意思が大切だ。清兵衛さん、煙草の煙による健康への悪影響は本人にとどまらないことを知っているかい。受動喫煙のことだ」
 清兵衛  「えっ、受動喫煙?なんですかそれ」
 ご隠居  「煙草の先からのぼっている煙を副流煙という。実は喫煙者が吸う主流煙よりも有毒物質を多く含んでいる。ある調査では、煙草一本あたりの副流煙には主流煙の2.8倍のニコチン、3.4倍のタール、3.9倍のベンツピレン(発がん性物質)などが含まれているという。お前さんが一本吸う間、そばにいる女将さんや大事なター坊も煙を吸わされていることになるのだぞ。それに、女将さんはお目出度なんだろう。生まれてくる赤ん坊のことも考えてみなさい」
 清兵衛  「分かりやした。いまを限りに、以後、一切煙草には手をつけません」
 ご隠居  「それが男だ!がんばりなさい。でも、念を押すようだが本当にやめられるかい?」 
 清兵衛  「大丈夫です。汽車も自動車も”赤”で止ります」

おあとがよろしいようで