与太郎、健康診断を受ける / 健康診断は健康管理の基礎

産保亭扇太

――― 横丁のご隠居さん人情相談 産業保健編 第4回
与太郎 「ご隠居さん。いるかい?」
ご隠居  「おや、与太郎じゃないか。昼間から、そんなに赤い顔してどうしたんだい。酒でも飲んだのかい。だめだよ、若いもんが昼間から酒なんか飲んじゃ・・」
与太郎 「ご隠居さん。酒を飲んだ顔に見えますか?昼酒なんかやったら、もっと、デレッ~という顔していますよ。違いますよ、怒っているんですよ」
ご隠居 「そうかい。お前さんも怒ることがあるのかい」
与太郎 「怒ることもありますよ、人間ですから」
ご隠居 「ああ、そうだった。”人間”という字の”間”の方が、すこし抜けているが・・・。ところで、何を怒っているんだい?」
与太郎 「それがね。オイラ、こんど越後屋さんで働くことになったんですが、越後屋の親父が、『健康診断を受けろ』って言うんですよ。『いやだ』って言ったら首だって。ひどいじゃありませんか」
ご隠居 「ほう。健康診断を受けたくない訳でもあるのかい?」
与太郎 「そんな訳はありませんが、なんか面倒くさそうだし、オイラどうもあの白衣と消毒のにおいが苦手で・・」
ご隠居  「そんなところだと思った。要するに採血の注射が怖いんだな」
与太郎  「違いますよ。苦手なだけですヨ」
ご隠居 「針を刺すところを見なけりゃいいだろう」
与太郎 「それですがね、『うーん、血管がなかなか浮き出てきませんねぇー』なんて言われると、つい見てしまって・・・。どうしても健康診断は受けなきゃならないですか?」
ご隠居 「そうだね。従業員を使用する事業者は、労働安全衛生法により健康診断の実施が義務づけられている」
与太郎 「その従業員が受けたくないって言ってもですか?」
ご隠居 「うん。健康診断は、労働安全衛生法により事業者の義務とされているが、労働者にも受診の義務がある。労働安全衛生法第66条第5項に――労働者は、事業者が行なう健康診断を受けなければならない――と、ちゃあ~んと書いてある」
与太郎 「へえ~。でも、それって、すこしお節介じゃありませんか。自分の健康は自分で守っていれば、いいっていうもんじゃないですかねェ」
ご隠居 「そうもいえるが、そもそも安全衛生法の健康診断は、職場にある健康の阻害要因を見つけたり、従業員の健康状態を把握して配置を決めたりするために行なうものだ。自分で管理すればいいというものではない」
与太郎 「じゃあ、なんともなけりゃ健康診断を受けなくてもいい?」
ご隠居 「いや違う。ちかごろ、働き盛りに生活習慣病と呼ばれる病気が多くなっているだろ。脳出血、脳梗塞、高血圧、心筋梗塞、糖尿病、高脂血症、痛風などといった病気だ。こうした病気の多くは、自覚症状が現れないまま進行するのが特徴だ。気づいたときはすでに手遅れということも多い。そこで大事なのが、早期発見・早期治療だ。自分で気づきにくい生活習慣病を早期に発見し治療するには、定期的に健康診断をうける以外に方法はない」
与太郎 「う~ん」
ご隠居  「だから、雇入れ時とその後1年ごとに1回、定期に健康診断を行うことにしている。そのほかに特殊健診といって、粉じん作業や鉛等を取り扱う業務、有機溶剤を取り扱う業務、石綿を取り扱う業務など特定の有害業務従事している場合には、そうした業務に関する特別の項目についても健康診断を行なうよう義務づけられている」
与太郎 「その健康診断は、会社が決めた病院で受けなきゃならないんですか?例えば、注射はしない病院とか・・」
 ご隠居 「どうしてもという場合は、会社の指定外の医療機関で受診し、その結果を会社に提出すれば会社で受診しないことも可能だが、健診項目は決まっている」
与太郎 「じゃあ、兎に角、健康診断を受ければいいんですねッ」
ご隠居 「やっと受ける気になったかい。でも、健康診断は受診さえすれば良いというものではないぞ」
与太郎 「えッ」
ご隠居 「せっかく健診を受けたのがから、その結果を活かさなけりゃならない。異常所見が見つかった場合は、その改善に向けて保健指導が行われることがある。いわば、生活習慣についてのアドバイスだが、健康診断をきっかけに生活習慣を見直すことが大切だ。それに、たとえ健診結果が正常であっても、昨年、一昨年の検査結果と比べることで、自分の身体がどういう状態にあるのかを確認することもできる」
与太郎 「なるほど。健康診断って大切なんですね」
 ご隠居 「そうだ。健康診断は、ただ単に正常か異常かをみるだけでなく、自分の健康状態を客観的に知るためにも有効だ」
 ―――数日後、また与太郎がやってきて
 ご隠居 「健康診断は無事に終わったかい。あんなに嫌がっていたので、心配していたんだが・・」
 与太郎
「心配?・・いいもんですね健康診断って」
 ご隠居 「えっ?」
 与太郎
「看護婦さんが『痛くないからダイジョウブよ』ってオイラの手をそっと握ってくれて・・・オイラ、来月も健康診断を受けることにしました」 
 ご隠居 「馬鹿いってんじゃない。健康診断は年に1回と決まっている」 
 与太郎
「ところがネ。看護婦さんが『与太郎さん、来月もまた来てね』なんて言うんですよ。オイラ、まいっちゃう」
ご隠居 「バーのホステスみたいなことをいうな。どれ、健診の結果票を見せてごらん。う~ん、なるほど”再検査”のため4週間以内に再来院・・・」

 

おあとがよろしいようで