事業場外の労働は所定労働時間労働したものとみなす

産保亭扇太

――― 横丁のご隠居さん人情相談 労務管理編 第5回
八つぁん 「たんへんだ、たいへんだ。ご隠居さんいるかい」
ご隠居 「ないだい。八っあんかい。いつもお前さんは騒がしくていけない。何のようだい」
八つぁん 「実は、こないだ親方に頼まれて大阪まで出張したんで」
ご隠居 「ほう。それで」
八つぁん 「親方は、簡単な仕事だというんだが、難しいことができて、毎日夜遅くまで残業した。それで、親方に残業手当を請求したら、『規則で、出張手当が付くことになっているから、残業手当は払わない』っていうんですよ。こんなことありですかい?」
ご隠居 「なるほど。ところで、難しいことができて毎日夜遅くまで残業していたということは、親方も認めているのかい」
八つぁん 「もちろんでさ」
ご隠居 「わかった。じゃあ説明するから、あまりカッカしないでよくお聴き。まず、原則から話すと、『出張』というのは、事業場外で業務に従事するから、使用者がその実際の労働時間を確認することが難しい場合が通常だ。そのような場合、労働基準法38条の2第1項の規定により、所定労働時間を労働したものとみなされることになっている」
八つぁん 「えっ。それじゃ、残業手当はもらえないんで?」
ご隠居 「うん」
八つぁん 「それじゃあ、あんまりだ」
ご隠居  「そうだな。しかし、労働基準法38条の2第1項の規定をよく読むと、『労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす』とある。つまり、『みなし』が適用されるのは、『労働時間を算定し難い』場合ということだ」
八つぁん 「あっしが残業したのは、親方もよお~く承知しているはずだ」
ご隠居 「うん。労働基準法38条の2第1項は『みなす』として、事実のいかんにかかわらず所定労働時間労働したものとして取り扱うかのごとく読めるが、解釈上は、推定と同義に読むのが普通といえる。親方が、実際の勤務状況を客観的に掴んでいるなら、その事実に基づいて残業手当を払うべきだと思うね」
八つぁん 「自分の判断で残業した場合もですかい?」
 ご隠居 「通達では、『使用者が具体的に指示した仕事が、客観的に見て正規の労働時間内ではなされ得ないと認められる場合のごとく、超過勤務の黙示の指示によって定められた勤務時間外に勤務した場合には、使用者は労基法37条の割増賃金を払わなければならない』(S25.9.14基収第2983号)とある。だから、その仕事が、常識的に見て所定の勤務時間内に終わるものかどうかとうことだ」
 八つぁん 「じゃあ、出張手当も貰っていいですかい?」
 ご隠居 「出張の場合は、日常の通勤時間より長くなることが多く、実質的な労働者の負担もより大きい。出張手当というのは、こうした負担に対する実費弁償のようなもので、補償的な給付だ」
 八つぁん 「わかった。じゃあ、出張手当も残業手当も貰えるってことですね。」
 ご隠居 「そうだ。親方にも、もっと勉強して貰いたいね。規則を盾にとって、『決まりだから』と逃げる上司もいるが、それでは悲しいね」
 八つぁん 「うん、悲しいよ。あっしも泣けてきた」
ご隠居 「おい、お前さん。さっきまでは怒っていたんじゃないのかい」
八っあん 「いいえ。出張は電車を使いましたから、イカリはありません」

 
 おあとがよろしいようで