健康診断について (1)

茨城産業保健総合支援センター
(茨城県医師会報 平成19年01月号掲載)

1. 始めに

このページのテーマを、「健康診断」とすることは、とても勇気の要ることです。なぜなら、「医師に健康診断を説明するとはおこがましいね。いまさら何を書くの。」と言われてしまいそうだからです。
今回は労働者に対する健康診断を、法制度の面から整理してみました。
以下、単に健康診断と申し上げますが、これは産業保健としての、労働安全衛生法関連の健康診断の意味に限定して用いていますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
健康診断の最も基本となる法律的根拠は、労働安全衛生法第66条です。
(なお、他にじん肺法の規定もあります。それについては平成17年8月号の拙稿をご参照下さい。)
さて、労働安全衛生法第66条では、第1項に一般的な健康診断、第2項に有害業務に就く者に対する特殊健康診断、そして第3項に有害業務に就く者に対する歯科医師による健康診断が規定されています。そのほか強制的な義務ではありませんが「通達に基づく特殊健康診断」があります。
これらの健康診断を俯瞰しますと、次のようになります。

  • 法第66条第1項(一般的な健康診断) 「雇い入れ時の健康診断」
    「定期健康診断」
    「特定業務従事者の健康診断」
    「海外勤務労働者の健康診断」
    「結核健康診断」
    「給食従業員の検便」
  • 法第66条第2項
    「有害業務の特殊健康診断」
  • 法第66条第3項
    「有害業務の歯科医師による健康診断」
  • 通達に基づく
    「通達に基づく特殊健康診断」

2. 労働安全衛生法第66条第1項の規定

(1)「雇い入れ時の健康診断」

「雇い入れ時の健康診断」とは、労働者を雇い入れるときに行わなければならない健康診断で、その健診項目も含めて労働安全衛生規則第43条に細目が規定されています。
この健康診断の目的は、就業前の健康状態を個人の基準値として掌握することにあるといえます。
労働者を雇い入れるときというのは、疑問が生じやすい文言です。例えば、パート、アルバイトは対象になるのかという質問が寄せられます。
正社員に限らずパート、アルバイトなどであっても労働者であることに変わりはありませんから、雇い入れ時の健康診断は必要です。
しかし、短期間のアルバイトにまで、雇い入れの度に健康診断を実施するのは現実的ではありません。そこで、雇用期間が1年未満のアルバイトについては雇い入れ時の健康診断を実施しなくても良いという解釈が示されています。
なお、後に述べる特定業務に就くアルバイトの場合には、雇用期間が半年以上であれば実施しなければなりません。
また、雇い入れるまでに健康診断を済ませなければならないのか、働き始めてから実施しても間に合うのかという質問も寄せられます。
これについては、通達には「雇い入れの直前又は直後をいう」と示されています。つまり常識的な事務処理上の遅延は許容されています。
しかし、雇い入れ時の健康診断の趣旨は、雇い入れた際における適正配置や、入職後の健康管理の基礎資料とするためのものです。
また、労働者が何らかの疾病を発症したときに、事業主責任が争われる場合があります。雇い入れの前から異常が有ったのか無かったのか、雇い入れ時の健康診断が重要な資料となります。
このようなことから、できるだけ速やかに実施されるべきであると言えます。
また、雇い入れ日に遡ること3ヶ月以内に健康診断を受診している者の場合は、その実施済みの健診項目については、「雇い入れ時の健康診断」の健診項目とみなすことができます。
なお、「雇い入れ時の健康診断」には、医師の判断で省略できる項目はありませんから、労働安全衛生規則第43条に規定されている全項目について実施しなければなりません。その項目は次の通りです。

  1. 既往歴及び業務歴の調査
  2. 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
  3. 身長、体重、視力及び聴力の検査
    ※聴力の検査は、1,000Hz及び4,000Hzに係る聴力です。オージオメーターを使用します。
  4. 胸部エックス線検査
  5. 血圧の測定
  6. 血色素量及び赤血球数の検査(以下、貧血検査と略称させていただきます。)
  7. GOT、GPT、γ-GTPの検査(以下、肝機能検査と略称させていただきます。)
  8. 血清総コレステロール、HDLコレステロール及び血清トリグリセライドの量の検査(以下、血中脂質検査と略称させていただきます。)
  9. 血糖検査
  10. 尿中の糖及び蛋白の有無の検査(以下、尿検査と略称させていただきます。)
  11. 心電図検査

雇い入れ時の健康診断の特徴的なこととして、1.の「既往歴及び業務歴の調査」とは、雇い入れの際までにかかった疾病や、雇い入れの際までに従事したことのある主要な業務について調査するものです。
また、2.の「自覚症状及び他覚症状の有無の検査」とは、その労働者に予定している業務に必要とされる身体特性を把握するための検査です。具体的には、感覚器、呼吸器、消化器、神経系、皮膚および運動機能の検査が含まれます。その検査項目の選定は、当該労働者の性、年齢、既往歴、問視診等を通じての所見などもあわせて、医師の判断にゆだねられています。

(2) 似て非なる「採用選考時の健康診断」

「雇い入れ時の健康診断」と「採用選考時の健康診断」は全く別のものであることをご注意いただきたいと思います。

「採用選考時の健康診断」というのは、その者を採用するか否かの判断をするための健康診断です。このような健康診断を求職者・応募者に要求できるのか疑問の生じるところです。職種によっては必要な身体的能力などを応募条件にしなければならない場合もあるでしょうから、全てがいけないとは言えませんが、注意しませんと人権に抵触する場合が出てきます。例えば、色覚異常者やC型肝炎ウイルス等の持続感染者に対する就職差別問題などが指摘されています。

「採用選考時の健康診断」は、応募者の適性と能力を判断する上で真に必要かどうか、職務内容との関連においてその必要性を慎重に検討されるべきです。

(3) 「定期健康診断」

「定期健康診断」は、常時使用する労働者に対して、1年以内ごとに1回行わなければならない健康診断です。その細則は労働安全衛生規則第44条に規定されています。

定期健康診断の健診項目は、雇い入れ時の健康診断とほぼ同じで、次の通りです。

  1. 既往歴及び業務歴の調査
  2. 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
  3. 身長、体重、視力及び聴力の検査
    ※聴力の検査は、1,000Hz及び4,000Hzに係る聴力です。オージオメーターを使用します。
  4. 胸部エックス線検査および喀痰検査
  5. 血圧の測定
  6. 貧血検査
  7. 肝機能検査
  8. 血中脂質検査
  9. 血糖検査
  10. 尿検査
  11. 心電図検査

違いは、雇い入れ時の健康診断では「4.胸部エックス線検査」となっているところが、定期健康診断では「4.胸部エックス線検査および喀痰検査」と変わります。
これは「および」ですから両方やると言う意味になりますが、実際上は後述の省略基準を適用して「喀痰検査」を省略していることが多いと思います。
1.の「既往歴及び業務歴の調査」とは、直近に行った健康診断以降のものを調査するという意味です。
また、2.の「自覚症状及び他覚症状の有無の検査」のうち「自覚症状」に関するものについては、最近において受診者本人が自覚する事項を中心に聴取することになっています。
さらに「他覚症状」に関するものについては、受診者本人の訴えおよび問視診に基づき、異常の疑いのある事項を中心として、医師の判断により検査項目を選定して行うものとされています。
なお、これらの検査においては、本人の業務に関連が強いと医学的に想定されるものを、医師の判断であわせて行うことが求められています。
ところで、定期健康診断には、年齢による項目の省略と、基準に基づく医師の判断による項目の省略があります。
まず、年齢による「胸部エックス線検査および喀痰検査」の省略です。これは、16歳の年度の雇い入れ時の健康診断または定期健康診断で異常がなければ、その後の17歳、18歳の年度の定期健康診断において、「胸部エックス線検査および喀痰検査」が省略できます。
同様に、17歳の年度の雇い入れ時の健康診断または定期健康診断で異常がなければ、その後の18歳の年度の定期健康診断において、「胸部エックス線検査および喀痰検査」が省略できます。
また、基準に基づく医師の判断による項目の省略としては、次のような基準があります。
まず、「身長の検査」については、20歳以上の者の場合は、医師が必要でないと認めるときは省略できます。ただし、BMIを算出するためには身長を把握する必要があることにもご留意いただきたいと思います。
また、「喀痰検査」については、胸部エックス線検査によって病変の発見されない者や、胸部エックス線検査によって結核発病のおそれがないと診断された者については、医師が必要でないと認めるときは省略できます。
また、血糖検査を受けた者で、医師が必要でないと認めるときは、「尿中の糖の有無の検査」を省略できます。しかし、糖尿病や腎疾患を早期に把握する必要から、「尿中の蛋白の有無の検査」は省略の対象とはなりません。
また、40歳未満の者については、「貧血検査、肝機能検査」「血中脂質検査」「血糖検査」「心電図検査」を、医師が必要でないと認めるときは省略できます。しかしこの場合、35歳の年度の健康診断については省略を認められません。
また、45歳未満の者についての聴力検査は、オージオメーターを使用せずとも、医師が適当と認める方法で行うことができます。ただし、35歳、40歳の年度の健康診断については、オージオメーターを使用することが必要です。
なお、雇い入れ時の健康診断を、1年以内に受診している者の場合は、その者が受けた項目については省略して定期健康診断を実施することができます。また、後述する海外勤務労働者の健康診断や特殊健康診断を1年以内に受診している者の場合も、同様に受けた項目を省略して定期健康診断を実施することができます。

(次号に続く)