健康診断について (5)

茨城産業保健総合支援センター
(茨城県医師会報 平成19年06月号のつづき)

6. 特殊健康診断(労働安全衛生法第66条第2項)

19年2月号で、特定業務従事者の健康診断について説明しました。「特定業務」とは、労働安全衛生規則第13条第1項第2号に掲げてある「多量の高熱物体を取り扱う業務及び著しく暑熱な場所における業務」など14の衛生上有害な業務のことで、新たに配置するときとその後6ヶ月以内ごとに1回、定期健康診断と同じ項目の健康診断を行うというものです。
これに対し、本項で説明する法66条第2項に規定された「特殊健康診断」は、人の健康に有害な業務で、労働安全衛生法施行令第22条に定められるものに従事する労働者に対して行う「特別の項目」についての健康診断のことです。また、このほかに有害業務に対する健康診断として、じん肺法に基づく「じん肺健康診断」や行政指導により健康診断の実施を勧奨されているもの-代表的なものとしては「VDT作業健診」、「腰痛健診」、「騒音健診」など-があります。これらも、広い意味でも特殊健康診断ということができます。
※じん肺健康診断については、17年8月号から12月号まで連載されていますので、そちらをご参照ください。

(1) 有機溶剤健康診断(有機溶剤中毒予防規則 第29条)

接着剤などに含まれるシンナーなどが有機溶剤であり、扱いによって健康上有害なことは皆さんもご承知のことと思います。
有機溶剤とは油やロウ、樹脂、ゴム、塗料など水に溶けないものを溶かす有機化合物で、揮発しやすく、使用中は気中濃度が容易に上昇しやすいという特徴を持っています。体内に取り込まれた有機溶剤は、脂質に富む臓器に溶けやすく、高濃度の場合、多くの有機溶剤は脳神経に取り込まれ麻酔症状が見られます。
また、一般的に見られる低濃度慢性暴露でも頭痛、頭重、疲労感、倦怠感、めまい、イライラ感、吐き気、食欲不振などの自覚症状とともに末梢神経炎、肝機能障害、白血球減少のような特異な他覚症状が出現します。
日本での使用量は、産業の発展に伴い1960年代から急増し、現在500種類近くが使われていると言われます。しかし、このうち有機溶剤予防規則によって健康診断が義務づけされているのは、安全衛生法施行令別表第6の2に規定されている54種類の有機溶剤に過ぎません。

○有機溶剤健康診断の項目

有機溶剤中毒予防規則第29条では、事業者に対し、一定の有機溶剤業務に常時従事する労働者に対しては、雇入れの際、当該業務への配置換えの際及びその後6月以内ごとに1回、以下の項目について、定期に健康診断を行うことを義務付けています。
必ず実施すべき健康診断項目は以下のとおりです。

  1. 業務の経歴の調査
  2. 既往歴の調査 有機溶剤による健康障害
    • 有機溶剤による5.~8.及び10.~13.に掲げる異常所見の有無
    • 4.の検査結果
  3. 自覚症状または他覚症状の有無の検査(表1の症状)
  4. 尿中の有機溶剤の代謝物の量の検査
  5. 尿中の蛋白の有無の検査
  6. 肝機能検査(GOT,GPT,γ-GTP)
  7. 貧血検査(血色素量、赤血球数)
  8. 眼底検査
    このうち4.及び6.~8.の項目は、次頁の表2の有機溶剤を取り扱う業務に限ります。
    また、4.の有機溶剤の尿中代謝物の検査について、医師が必要でないと認めるときはその項目の検査を省略することができます。尿中代謝物の検査の省略規定については、別表3のとおりです。
    医師が必要と認めたときに実施しなければならない項目としては、以下のとおりです。
  9. 作業条件の調査
  10. 貧血検査
  11. 肝機能検査
  12. 腎機能検査
  13. 神経内科学的検査

表1

自覚症状又は他覚症状については、医師が次の項目のすべてをチェックします。
1)頭重 2)頭痛 3)めまい 4)悪心 5)嘔吐 6)食欲不振 7)腹痛 8)体重減少 9)心悸亢進 10)不眠 11)不安感 12)焦燥感 13)集中力の低下 14)振戦 15)上気道もしくは目の刺激症状 16)皮膚もしくは粘膜の異常 17)四肢末端部の疼痛 18)知覚異常 19)握力減退 20)膝蓋腱 アキレス腱反射異常、21)視力低下、22)その他

 

表2

有機溶剤等 検査項目
エチレゾングリコールモノエチルエーテル
(別名:セロソルブ)
エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート
(別名:セロソルブアセテート)
エチレングリコールモノブチルエチルエーテル
(別名:ブチルセロソルブ)
エチレングリコールモノメチルエーテル
(別名:メチルセロソルブ)
血色素量および赤血球数
オルト-ジクロロベンゼン、クレゾール、クロルベンゼン、クロロホルム、四塩化炭素、1,4-ジオキサン、
1,2-ジクロルエタン(別名:二塩化エチレン)、
1,2-ジクロルエチレン(別名:二塩化アセチレン)、
1,1,2,2-テトラクロルエタン(別名:四塩化アセチレン)
GOT、GPT、γ-GTP
(以下肝機能検査という)
キシレン 尿中メチル馬尿酸
N・N-ジメチルホルムアミド 肝機能検査尿中N-メチルホルムアミド
スチレン 尿中マンデル
テトラクロルエチレン(別名:パークロルエチレン)、
トリクロルエチレン
肝機能検査尿中トリクロル酢酸または総三塩化物
1,1,1-トリクロルエタン 尿中トリクロル酢酸または総三塩化物
トルエン 尿中馬尿酸
二硫化炭素 眼底検査
ノルマルヘキサン 尿中2・5ヘキサンジオン

 

表3 尿中代謝物の検査の省略規定

  1. 前回の健康診断を起点とする連続過去3回の有機溶剤健康診断において、異常と思われる所見が認められないこと。
  2. 尿中の有機溶剤の代謝物の検査については、前回の当該検査を起点とする連続過去3回の検査の結果、明らかな増加傾向や急激な増減がないと判断されること。
  3. 今回の健康診断において、上気の自覚症状又は他覚症状の全てについて、その有無を検査し、その結果、異常と思われる所見がないこと。
  4. 作業環境の状況及び作業の状態などが従前と変化がなく、かつその管理が適切に行われていると判断されること。

 

これらの健康診断により、肝臓、腎臓の障害や貧血の有無などの有機溶剤による影響をチェックすることができます。また、有機溶剤取り扱い作業場内で、取り扱い上の注意事項が守られているかどうかを見ることもできます。
健康診断で異常者がでる職場では、作業者に不注意はないか、また、職場の安全衛生管理に問題がないかをチェックする必要があり、問題点があればすみやかに改善を指示すべきです。

(2) 鉛健康診断(鉛中毒予防規則第53条)

一定の鉛業務に常時従事する労働者に対しては、雇い入れの際、当該業務への配置換えの際及びその後6月以内ごとに1回(はんだ付けの業務等に従事する労働者に対しては1年ごとに1回)、下記の項目について、定期に健康診断を行うことを義務付けています。
鉛業務には、鉛そのものや、鉛を合金の成分や化合物として含むものの取り扱い作業などが含まれ、具体的には、鉛を含む金属の加工、電池・バッテリーの製造、はんだ付け、印刷の鉛製版での活字の植字や解版等の作業が代表的な業務です。
鉛や鉛化合物に長くさらされると、まず貧血症がよく起こります。よくある自覚症状としては、食欲不振、便秘、腹部不快感、腹部の疝痛等の消化器障害、四肢の伸筋麻痺又は知覚異常等の末しょう神経障害、関節痛、筋肉痛、蒼白、易疲感、倦怠感、睡眠障害、焦燥感等が挙げられます。これらは神経系への悪影響と、それにより体や腸の筋肉が動きにくくなることによると言われております。

○鉛健康診断の項目

必ず実施すべき項目としては、

  1. 業務の経歴の調査
  2. 鉛による自覚症状及び他覚症状の既往歴の調査
    血液中の鉛の量及び尿中のデルタアミノレブリン酸の量の既往の検査結果の調査
  3. 自覚症状及び他覚症状の有無の検査(表4の症状)
  4. 血液中の鉛の量の測定
  5. 尿中のデルタアミノレブリン酸の量の検査

があります。また、医師が必要と判断した場合に実施しなければならない項目として

  1. 作業条件の調査
  2. 貧血検査
  3. 赤血球中のプロトポルフィリンの量の検査
  4. 神経内科学的検査

があります。
なお、上記4.と5.検査につきましては、年2回の検査のうち1回については医師の判断で省略することができます。省略する際の要件は、前記の表3「尿中代謝物の検査の省略規定」と同じです。なお、表中の「有機溶剤」を「鉛」に、「尿中の有機溶剤の代謝物の検査」を「血液中の鉛の量の検査と尿中デルタアミノレブリン酸の量の検査」に読み替えてください。

表4

1)食欲不振、便秘、腹部不快感、腹部の疝痛等消化器症状、2)四肢の伸筋麻痺又は知覚異常等の末しょう神経症状、3)関節痛、4)筋肉痛、5)蒼白、6)易疲感、7)倦怠感、8)睡眠障害、9)焦燥感10)その他

【試料の採取時期に注意】
特殊健診で異常が見つかったからと言って、全てが業務に原因があるとは限りません。業務よりも日常の体調や作業と無関係の疾患が原因の場合もあります。作業の状況が原因ならば、同じ作業をしている方にも近々同じ症状が出る可能性がありますので、作業の状況(作業環境測定の結果・現場の換気・防護具や局所排気装置の使い方・作業の時間や頻度等)を再チェックする必要があります。
また、飲食がデータに反映することがあります。有機溶剤取り扱い業者のトルエン暴露量を推定するため、トルエンの代謝産物である尿中馬尿酸の濃度の測定が行われています。これを生物学的モニタリングといいます。ところが、試料採取前に被験者がベリー類や清涼飲料水を摂取すると、これに含まれている安息香酸により、尿中馬尿酸量は増加し、トルエン被ばく量を正確に測定する妨げとなることがあります。
これとは逆に、被ばく量が過小に評価される場合があります。生物学的モニタリングとして有効であるための要件の一つに採取時期がありますが、これを無視するケースです。
金属や化学物質などは、いったん生体内に取り込まれても、排泄作用等により体内から失われていきます。この物質が半分に減るまでに要する時間を生物学的半減期といい、有機溶剤の多くは半減期が数時間~10時間以内です。このためトルエンの生物学的モニタリングとしての尿中馬尿酸の濃度の測定は、終業時に行われることになっています。
ですから、休日や就業前に試料を採取すると、作業によるトルエン被ばく量は正確に測れません。試料採取時期を決めるには、生物学的半減期を考慮する必要があるわけです。ちなみに、血中鉛は半減期が長いので、採取時期は気にする必要はありません。

 

(次号に続く)