じん肺健康診断~石綿健康診断との違い~
茨城産業保健総合支援センター
(さんぽいばらき 第25号/2006年03月発行)
第一章じん肺法におけるじん肺健康診断
1 はじめに
じん肺法の視点から、じん肺健康診断を大まかに説明してみたいと思います。なお、詳しく確認したい方には、中央労働災害防止協会発行の「じん肺法の解説」と「じん肺審査ハンドブック」をお勧めします。
なお、この稿で医師の先生方に特にお願いしたいのは、新たにじん肺が疑われた者や、じん肺が進行したと思われる者を見かけた場合には、じん肺管理区分決定申請の手続きを行うようにご指導をしていただけるとありがたいのです。
2 じん肺健康診断の種類
じん肺法においては、事業主の実施義務として、次の4種類のじん肺健康診断を規定しています。
- 就業時健康診断
- 定期健康診断
- 定期外健康診断
- 離職時健康診断
(1)就業時健康診断
就業時健康診断は、「粉じん作業」にこれから新たに従事しようとする労働者に対して行われるものす。この健康診断は、雇入れ又は配置換えの日の前後概ね3ヶ月程度以内に実施するものです。
(2)定期健康診断
定期健康診断は、現に「粉じん作業」に従事している労働者あるいは過去に従事させた事のある労働者に対して行われるものです。
その実施頻度は、現に粉じん作業に従事している労働者については、その者のじん肺管理区分が管理1の場合は3年以内毎に1回、管理2、3の場合は1年以内毎に1回と定められています。
また、過去に粉じん作業に従事していたことがあるが、現在は粉じん作業以外の作業に従事している労働者については、その者のじん肺管理区分が管理2の場合は3年以内毎に1回、管理3の場合は1年以内毎に1回と定められています。
(3)定期外健康診断
定期外健康診断は、その事由に該当した場合に行うものです。事由とは次の4種類です。
- 現に「粉じん作業」に従事しているじん肺管理区分・管理1の労働者が一般健康診断(労働安全衛生法第66条第1項)や特殊健康診断(労働安全衛生法第66条第2項)でじん肺の疑い有りと診断された場合。
- 合併症により1年を超えて休業していた者が職場復帰をするとき。
- 合併症により1年を超えて療養した労働者が療養を要しないと診断されたとき。
- 現在は「粉じん作業」に従事させていないが過去に従事させたことのあるじん肺管理区分・管理2の労働者が一般健康診断(労働安全衛生法第66条第1項のうち定期健康診断と特定業務従事者の健康診断に限る)において肺がんにかかっている疑いがないと診断されたとき以外のとき。
つまり、過去に「粉じん作業」に従事したことのあるじん肺管理区分・管理2の労働者は肺がんにかかるリスクが高いと言われています。そこで、肺がんにかかっている疑いがないと診断されたときは別として、一般的には肺がんにかかる検査を実施することになるという意味です。この肺がんに関する検査とは「喀痰細胞診」と「胸部らせんCT検査」を意味します。
(4)離職時健康診断
離職時健康診断は、過去に「粉じん作業」に従事していた事のある労働者から離職に際してじん肺健康診断を行うように求められた場合に行うものです。
(5)粉じん作業とは
ここでいう「粉じん作業」とは、じん肺法施行規則の別表に限定的に列挙されている24種類の作業を意味します。代表的な例としては、炭鉱坑内の掘削現場における作業や、工場内でのアーク溶接職場における作業などですが、詳しくは後述したいと思います。
3 退職後のじん肺健康診断
では、退職した後については如何でしょうか。退職時には離職時健康診断がありますが、その後の継続的なじん肺健康診断は誰が実施するのでしょうか。元の事業主に実施を求める規定は、じん肺法にはありません。そこで、退職者で、かつ、じん肺管理区分が管理2、管理3の者は、都道府県労働局長にじん肺健康管理手帳の申請を行うことができるという制度が労働安全衛生法に規定されています。この規定によりじん肺健康管理手帳を交付されている者は、毎年一回、指定された日時に指定された病院で、国費によるじん肺健康診断が受けられます。なお、退職者でじん肺管理区分が管理1の者は、じん肺健康管理手帳の制度上対象にはなっていません。この場合、じん肺健康診断を受けようとするなら自費で受けることになります。また管理4の者は、療養を必要とする者ですから健康診断を必要とする段階は過ぎています。
4 じん肺健康診断の内容
じん肺法で求めているじん肺健康診断の内容は、まず第一として、(a)「粉じん作業についての職歴の調査、および、直接撮影による胸部全域のエックス線写真による検査」です。
次に第二として、この(a)の検査の結果じん肺の所見がないと診断された者以外の者(つまり、じん肺にかかっているか又はその疑いがある者)について、(b)「胸部に関する臨床検査」と(c)「肺機能検査」の実施を求めています。
(1)エックス線写真による検査
(a)の「直接撮影による胸部全域のエックス線写真」とは背腹位の胸部写真をいい、側位・斜位等の多方向撮影や断層撮影によるものは含まれません。
(2)胸部に関する臨床検査
(b)の胸部に関する臨床検査とは、「既往歴の調査」と「胸部の自覚症状及び他覚所見の有無の検査」です。
(3)肺機能検査
(c)の肺機能検査とは、1次検査として「スパイロメトリー及びフローボリューム曲線による検査」、2次検査として「動脈血ガスを分析する検査」です。
ただし、エックス線写真の一側の肺野の3分の1を超える大きさの大陰影があると認められる者は、肺機能検査の必要はないと定められています。つまり一側の肺野の3分の1を超える大きさの大陰影がある者は一般に肺機能等の障害が強いことが明らかなため検査をするまでもないということです。また、合併症にかかっている者や、原発性肺がんにかかっていると診断された者も肺機能検査が除外されます。
(4)動脈血ガスを分析する検査
動脈血ガスを分析する検査とは、上腕動脈又は股動脈の動脈血を用いて酸素分圧及び炭酸ガス分圧を測定する検査です。
また、エックス線写真像にブラ(気腫性のう胞)が認められる者等自覚症状、他覚所見等からスパイロメトリー及びフローボリューム曲線による検査の実施が困難と診断された者については、これらの1次検査を省略し、動脈血ガスを分析する検査を行っても差し支えないとされています。
また、耳朶血を用いて酸素分圧を測定する検査によって著しい肺機能の障害が無いことが明らかな場合には、動脈血ガスを分析する検査を省略しても差し支えないとされています。
なお、2次検査である動脈血ガスを分析する検査の実施が必要とされる者は、じん肺法施行規則第5条第2号によると、次の3つの場合です。
- 胸部に関する臨床検査又はスパイロメトリー及びフローボリューム曲線による検査の結果じん肺による著しい肺機能の障害がある疑いがあると診断された者。
- エックス線写真の像が第三型と認められる者。
- エックス線写真の像が第四型と認められる者でじん肺による大陰影の大きさが一側の肺野の3分の1以下の者。
しかし、この規定については専門家等から問題点が指摘された結果、通達等により運用面での修正が加えられています。具体的な修正の内容については、昭和53年10月13日付け基発第567号通達「じん肺法に基づく肺機能検査の方法及び判定について」と昭和53年10月13日付け労働衛生課長名事務連絡「じん肺法に基づく肺機能検査の方法及び判定に関する医学的要件等について」に述べられています。
この通達・事務連絡の内容を簡略に述べることは思いがけない誤解や混乱を引き起こす原因となりかねませんので、お知りになりたい方には直接この通達・事務連絡をご覧いただくしかありません。この通達・事務連絡は中央労働災害防止協会発行の「じん肺法の解説」の第2編「逐条解説」の「じん肺法(第3条関係)」に収録されています。そのほか厚生労働省のホームページには通達等を検索できるページがあるのですが、私が検索した限りでは収録されていないようです。
5 合併症に関する検査
じん肺法で求めているじん肺健康診断の第三の内容としては、合併症に関する検査です。じん肺法においてじん肺の合併症として規定しているのは、肺結核、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸、原発性肺がんです。これらの合併症を肺結核と肺結核以外に分け、「結核精密検査」及び「結核以外の合併症に関する検査」として規定しています。
まず、結核精密検査について申し上げると、前述の(a)「粉じん作業についての職歴の調査、および、直接撮影による胸部全域のエックス線写真による検査」の結果や、(b)「胸部に関する臨床検査」の結果から、じん肺の所見があると診断された者のうち肺結核にかかっており、又はかかっている疑いがあると診断された者について行うと規定されています。
またこの結核精密検査とは、「結核菌検査」「エックス線特殊撮影による検査」「赤血球沈降速度検査」「ツベルクリン反応検査」です。なおこれらの検査のうち、医師が必要でないと認める一部の検査は省略できます。
6 合併症に関する検査(結核以外)
結核以外の合併症に関する検査は、前述の(a)「粉じん作業についての職歴の調査、および、直接撮影による胸部全域のエックス線写真による検査」の結果や、(b)「胸部に関する臨床検査」の結果から、じん肺の所見があると診断された者のうち、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸、原発性肺がんにかかっている疑いがあると診断された者で、この検査を受けることが必要であると認められた者について行うと規定されています。
また、その検査の内容は「結核菌検査」「たんに関する検査」「エックス線特殊撮影による検査」です。
特に、原発性肺がんに関する検査として実施する場合は、たんに関する検査は「喀痰細胞診」を意味します。また、エックス線特殊撮影による検査は「胸部らせんCT検査」を意味します。
第二章じん肺法における粉じん作業
1 はじめに
前章では、じん肺法におけるじん肺健康診断についてご説明いたしました。第二章ではその続きとして、じん肺法において定義されている「粉じん作業」についてご説明いたします。
じん肺法は、医学的な意味での「じん肺」を全てカバーするものではありません。つまり、「職場での粉じん暴露によるじん肺」を対象としています。では、どのような職場に、「じん肺」の原因となりうる粉じん暴露があるのでしょうか。じん肺法においては、25の作業を「粉じん作業」として列挙しています。これは、じん肺法施行規則別表に示されています。
2 用語の予備知識
じん肺法では鉱物、鉱石、岩石及び土石と言う用語が使い分けられています。予備知識としての、用語の説明から入りたいと思います。
「鉱物」とは、地殻中に存在して物理的、化学的にほぼ均一かつ一定の性質を有する固体物質を言います。なお、単体の元素、金属等は鉱物ではありません。
じん肺法においては、この一般的な意味に加えて、その人工物も含みます。一例として、以下の人工物は、じん肺法においては鉱物として扱われます。
鉱さい(溶鉱炉などから出る鉱物のカス)、活性白土(レジ袋の添加剤・インクジェット用紙のコーティング材・石油や油脂の精製に使用される)、コンクリート、セメント、フライアッシュ(石炭をボイラーで燃焼したときに、集じん装置で集められた石炭の灰で、コンクリートの混和材として使用される)、クリンカー(セメントの原料を焼成し急冷したもので、これに2~3%の石膏を加え粉砕してセメントとなる)、ガラス、人工研磨材(アルミナ、炭化珪素等)、耐火物、重質炭酸カルシウム(石灰石の着色部分を除去し、微細粉末としたもの)、化学石膏、など
「鉱石」とは、鉱物の中でも天然に産する土石または岩石に限られます。人工的に合成された物は含みません。粉状の鉱石として良く見るのは、滑石、クレー、カオリン、長石、陶石などです。これらは、陶磁器やレンガの原料・副原料、ゴムやコンクリートの充填材、紙のコーティング材、色々な潤滑材などとして、多種多様な使われ方をしています。
「岩石」とは、一種類または数種類の鉱物の集合体で、形状が岩状または塊状の物を言います。
「土石」とは、一種類または数種類の鉱物の集合体であることは岩石と同じですが、その形状が砂・土状の物、あるいは砂、土、礫の混じりあった物を言います。礫だけに着目して土石か岩石かと問われると返事に困ります。ただし、じん肺法において「岩石」と「土石」を厳格に区別する必要はあまりありません。
なお、じん肺法では、「鉱物」「岩石」「土石」を一括りにして「鉱物等」と呼んでいます。
3 粉じん作業
以下、じん肺法施行規則別表に列挙されている「粉じん作業」を載せます。
- 土石、岩石又は鉱物(以下「鉱物等」という。)(湿潤な土石を除く。)を掘削する場所における作業。ただし、次に掲げる作業を除く。
- 坑外の、鉱物等を湿式により試すい錐する場所における作業
- 屋外の、鉱物等を動力又は発破によらないで掘削する場所における作業
- 鉱物等(湿潤なものを除く。)を積載した車の荷台をくつがえし、又は傾けることにより鉱物等(湿潤なものを除く。)を積み卸す場所における作業(次号、第9号又は第18号に掲げる作業を除く。)
- 坑内の,鉱物等を破砕し、粉砕し、ふるいわけ、積み込み、又は積み卸す場所における作業。ただし、次に掲げる作業を除く。
- 湿潤な鉱物等を積み込み、又は積み卸す場所における作業。
- 水の中で破砕し、粉砕し、又はふるいわける場所における作業
- 設備による注水をしながらふるいわける場所における作業
- 坑内において鉱物等(湿潤なものを除く。)を運搬する作業。ただし、鉱物等を積載した車を牽引する機関車を運転する者を除く。
- 坑内の、鉱物等(湿潤なものを除く。)を充てんし、又は岩粉を散布する場所における作業
- -2.坑内であって、第1号から第3号まで又は前号に規定する場所に近接する場所において、粉じんが付着し、又はたい積した機械設備又は電気設備を移設し、撤去し、点検し、又は補修する作業
- 岩石又は鉱物を裁断し、彫り、又は仕上げする場所における作業(第13号に掲げる作業を除く。)。ただし、次に掲げる作業を除く。
- 火炎を用いて裁断し、又は仕上げする場所における作業
- 設備による注水又は注油をしながら、裁断し、彫り、又は仕上げする場所における作業
- 研ま材の吹き付けにより研まし、又は研ま材を用いて動力により、岩石、鉱物若しくは金属を研まし、若しくはばり取りし、若しくは金属を裁断する場所における作業(前号に掲げる作業を除く。)。ただし、設備による注水又は注油をしながら、研ま材を用いて動力により、岩石、鉱物若しくは金属を研まし、若しくはばり取りし、又は金属を裁断する場所における作業を除く。
- 鉱物等、炭素を主成分とする原料(以下「炭素原料」という。)又はアルミニウムはくを動力により破砕し、粉砕し、又はふるいわける場所における作業(第3号、第15号又は第19号に掲げる作業を除く。)。ただし、次に掲げる作業を除く。
- 水又は油の中で動力により破砕し、粉砕し、又はふりわける場所における作業
- 設備による注水又は注油をしながら、鉱物等又は炭素原料を動力によりふるいわける場所における作業
- 屋外の、設備による注水又は注油をしながら、鉱物等又は炭素原料を動力により破砕し、又は粉砕する場所における作業
- セメント、フライアッシュ又は粉状の鉱石、炭素原料若しくは炭素製品を乾燥し、袋詰めし、積み込み、又は積み卸す場所における作業(第3号,第16号又は第18号に掲げる作業を除く。)
- 粉状のアルミニウム又は酸化チタンを袋詰めする場所における作業
- 粉状の鉱石又は炭素原料を原料又は材料として使用する物を製造し、又は加工する工程において、粉状の鉱石、炭素原料又はこれらを含む物を混合し、混入し、又は散布する場所における作業(次号から第14号までに褐げる作業を除く。)
- ガラス又はほうろうを製造する工程において,原料を混合する場所における作業又は原料若しくは調合物を溶解炉に投げ入れる作業。ただし,水の中で原料を混合する場所における作業を除く。
- 陶磁器、耐火物、けいそう土製品又は研ま材を製造する工程において、原料を混合し、若しくは成形し、原料若しくは半製品を乾燥し、半製品を台車に積み込み、若しくは半製品若しくは製品を台車から積み卸し、仕上げし、若しくは荷造りする場所における作業又はかまの内部に立ち入る作業。ただし、次に掲げる作業を除く。
- 陶磁器を製造する工程において、原料を流し込み成形し、半製品を生仕上げし、又は製品を荷造りする場所における作業
- 水の中で原料を混合する場所における作業
- 炭素製品を製造する工程において、炭素原料を混合し、若しくは成形し、半製品を炉詰めし、又は半製品若しくは製品を炉出しし、若しくは仕上げする場所における作業。ただし、水の中で原料を混合する場所における作業を除く。
- 砂型を用いて鋳物を製造する工程において、砂型をこわし、砂落としし、砂を再生し、砂を混練し、又は鋳ばり等を削り取る場所における作業(第7号に掲げる作業を除く。)。ただし、設備による注水若しくは注油をしながら、又は水若しくは油の中で、砂を再生する場所における作業を除く。
- 鉱物等(湿潤なものを除く。)を運搬する船舶の船倉内で鉱物等(湿潤なものを除く。)をかき落とし、又はかき集める作業
- 金属その他無機物を製錬し、又は溶融する工程において、土石又は鉱物を開放炉に投げ入れ、焼結し、湯出しし、又は鋳込みする場所における作業。ただし、転炉から湯出しし、又は金型に鋳込みする場所における作業を除く。
- 粉状の鉱物を燃焼する工程又は金属その他無機物を製錬し、若しくは溶融する工程において、炉、煙道、煙突等に付着し、若しくはたい積した鉱さい又は灰をかき落とし、かき集め、積み込み、積み卸し、又は容器に入れる場所における作業
- 耐火物を用いてかま、炉等を築造し、若しくは修理し、又は耐火物を用いたかま、炉等を解体し、若しくは破砕する作業
- 屋内、坑内又はタンク、船舶、管、車両等の内部において、金属を溶断し、アーク溶接し、又はアークを用いてガウジングする作業。ただし、屋内において、自動溶断し、又は自動溶接する作業を除く。
- 金属を溶射する場所における作業
- 染士の付着したイ草を庫入れし、庫出しし、選別調整し、又は製織する場所における作業
- 長大ずい道(著しく長いずい道であって、厚生労働大臣が指定するものをいう。)の内部の、ホッパー車からバラストを取り卸し、又はマルチプルタイタンパーにより道床をつき固める場所における作業
- 石綿をときほぐし、合剤し、紡績し、紡織し、吹き付けし、積み込み、若しくは積み卸し、又は石綿製品を積層し、縫い合わせ、切断し、研まし、仕上げし、若しくは包装する場所における作業
第三章じん肺健康診断と石綿健康診断
1 はじめに
じん肺健康診断と、石綿健康診断、この二つの健康診断が並立していることに疑問をもたれる方もいらっしゃるかと思います。そこで第三章では、この二つの健康診断の制度的な違いをご説明したいと思います。
2 石綿健康診断の法的根拠
石綿健康診断の実施は、もともと、労働安全衛生法に基づく特定化学物質等障害予防規則に定められていました。この特定化学物質等障害予防規則は、「化学物質等による労働者のがん、皮膚炎、神経障害その他の健康障害を予防する」ことを目的としています。その規制対象物質約63物質の中に石綿も含まれていました。その一環として、石綿健康診断の実施が規定されていました。
去年からは、特定化学物質等障害予防規則の中の石綿に関する部分が独立・強化されて、石綿障害予防規則となりました。石綿健康診断に関する規定も、特定化学物質等障害予防規則から石綿障害予防規則へ移りました。
3 じん肺健康診断の法的根拠
一方、じん肺健康診断の実施は、じん肺法に定められています。じん肺法は、「けい肺」の長い歴史を踏まえて制定された法律で、労働安全衛生法とは生い立ちの異なる独立した法律です。じん肺法は「じん肺に関し、適正な予防及び健康管理その他必要な措置を講ずること」を目的としています。
じん肺法では、鉱物性粉じんに起因するじん肺の一種として、石綿肺も含めています。ですから、石綿も他の鉱物性粉じんも全く同じ扱いで、じん肺健康診断の実施を規定しています。
4 石綿健康診断の制度的な内容
(1)石綿健康診断(一次健診)の実施
石綿健康診断を実施すべき対象者は、現在あるいは過去に、石綿を製造する業務または石綿を取り扱う業務に常時従事する(したことがある)労働者となります。
石綿健康診断を実施すべきタイミングは、雇い入れ又は石綿の製造・取り扱い業務への配置換えの際、及びその後6ケ月以内毎に1回、定期的に実施することになっています。石綿の製造・取り扱い業務から離れた後も、雇用関係が継続している間は、6ケ月以内毎に1回定期的に実施することになります。
なお、石綿健康診断は一次健診と二次健診がありますが、いずれも、医師による健康診断を行うことと定められています。
石綿健康診断の一次健診として実施すべき項目は次の通りです。
- 業務の経歴の調査
- 石綿によるせき、たん、息切れ、胸痛等の他覚症状又は自覚症状の既往歴の有無の検査
- せき、たん、息切れ、胸痛等の他覚症状又は自覚症状の有無の検査
- 胸部エックス線直接撮影による検査
(2)石綿健康診断(二次健診)の実施
この一次健診の結果、医師が必要と認めるものについては、次の項目の二次健診を実施することになります。
- 作業条件の調査
- 胸部エックス線直接撮影による検査の結果、異常な陰影(石綿肺による線維増殖性の変化によるものを除く。)がある場合で、医師が必要と認めるときは、特殊なエックス線撮影による検査、喀痰の細胞診又は気管支鏡検査
(3)石綿健康診断の実施後の、医師からの意見聴取
石綿健康診断が行われた日から3ヶ月以内に、石綿健康診断の結果に基づく医師からの意見聴取を行うよう、事業者(雇い主)に義務付けられています。これは、石綿健康診断の項目に異常の所見があると診断された労働者に関し、その者の健康を保持するために必要な措置について、医師からの意見聴取を行うものです。
さらに、この医師の意見を勘案して、事業者は改善の必要があると認めるときは、種々の改善策を講じなければなりません。改善策とは、例えば就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の措置等について、当該労働者の実情を考慮した上で実施することや、あるいは、作業環境測定を実施すること、施設・設備の設置や整備をすることなどがあります。
(4)石綿健康診断結果報告書
また、事業者は、石綿健康診断を実施後遅滞無く、健康診断結果報告書を労働基準監督署長に提出しなければなりません。
5 じん肺健康診断の制度的な内容
(1)じん肺健康診断(一次健診)の実施
じん肺健康診断を実施すべき対象者は、現在あるいは過去に、「粉じん作業」に常時従事する(したことがある)労働者となります。
じん肺健康診断を実施すべきタイミングは、新たに「粉じん作業」に常時従事することとなった際、及びその後定期的に実施することになっています。
「定期的に」の意味は、
- 現に粉じん作業に従事している労働者については、その者のじん肺管理区分が管理1の場合は3年以内毎に1回、管理2、3の場合は1年以内毎に1回
- 過去に粉じん作業に従事していたことがあるが、現在は粉じん作業以外の作業に従事している労働者については、その者のじん肺管理区分が管理2の場合は3年以内毎に1回、管理3の場合は1年以内毎に1回
と定められています。
また、上記の定期的な実施以外にも、定期外健康診断、離職時健康診断の実施が求められる場合がありますが、それについては第一章にてご説明しましたので割愛させていただきます。
じん肺健康診断の一次健診として実施すべき項目は次の通りです。
- 粉じん作業についての職歴の調査
- 直接撮影による胸部全域のエックス線写真による検査
なお、石綿健康診断では「他覚症状又は自覚症状の既往歴の有無の検査」と「他覚症状又は自覚症状の有無の検査」を一次健診で実施しましたが、じん肺健康診断では二次健診で実施することになります。
(2)じん肺健康診断(二次健診)の実施
この一次健診の結果、じん肺にかかっているか又はその疑いがある者について、次の項目の二次健診を実施します。
- 胸部に関する臨床検査として「既往歴の調査」と「胸部の自覚症状及び他覚所見の有無の検査」
- 肺機能検査
胸部に関する臨床検査は、じん肺の経過を的確に判断し、(肺機能検査とともに)じん肺による肺の障害の程度を把握することと、合併症にり患している疑いがあるか否かについても判断するために行うものです。
肺機能検査は、じん肺による肺の障害を、肺の種々の機能に着目して検査するものです。
肺機能検査の詳細については、第一章にてご説明しましたので割愛させていただきます。
(3)合併症に関する検査
ここで言う「合併症」とは、じん肺の合併症の意味です。ですから、上記の一次健診及び二次健診の結果、じん肺の所見があると診断されていることが前提となります。
じん肺の所見があると診断された者のうち、合併症にかかっている又はかかっている疑いがあると診断された者について、結核であれば「結核精密検査」を、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸、原発性肺がんであれば「結核以外の合併症に関する検査」を実施することになります。なお、合併症に関する検査についても、第一章にてご説明しましたので詳細は割愛させていただきます。
(4)事業者によるエックス線写真等の提出
じん肺の所見があると診断された労働者については、当該エックス線写真及びじん肺健康診断結果証明書を都道府県労働局長に提出しなければなりません。これは、事業者(雇い主)が提出の義務を負います。提出期限は、じん肺健康診断を実施後遅滞なくと定められています。
なお、じん肺健康診断結果証明書はじん肺健康診断を実施した医師が書くことになります。その記載要領については、中央労働災害防止協会発行の「じん肺審査ハンドブック」に詳細に記載されています。
(5)じん肺管理区分の決定手続き
事業者によるエックス線写真等の提出を受けた都道府県労働局長は、地方じん肺診査医の診断又は審査により、当該労働者についてじん肺管理区分の決定をします。(これに関して、追加物件の提出や不服審査などは説明を省略させていただきます。)
決定された管理区分は事業者に通知されますので、事業者は(注意事項を含めて)当該労働者に通知することになります。
(6)じん肺管理区分とは
じん肺管理区分の管理1とは「じん肺の所見がないと認められるもの」です。じん肺健康診断で所見がないと診断された者のじん肺管理区分は、都道府県労働局長の決定を受けるまでもなく管理1となります。
じん肺管理区分の管理2とは「エックス線写真の像が第1型で、じん肺による著しい肺機能の障害がないと認められるもの」です。
じん肺管理区分の管理3は、イとロの区別があります。
管理3イとは「エックス線写真の像が第2型で、じん肺による著しい肺機能の障害がないと認められるもの」です。
管理3ロとは「エックス線写真の像が第3型又は第4型(大陰影の大きさが一側の肺野の3分の1以下のものに限る。)で、じん肺による著しい肺機能の障害がないと認められるもの」です。
じん肺管理区分の管理4とは、「エックス線写真の像が第4型(大陰影の大きさが一側の肺野の3分の1を超えるものに限る。)と認められるもの」あるいは「エックス線写真の像が第1型、第2型、第3型又は第4型(大陰影の大きさが一側の肺野の3分の1以下のものに限る。)で、じん肺による著しい肺機能の障害があると認められるもの」です。
じん肺健康診断でじん肺の所見があると診断された労働者の管理区分は、都道府県労働局長が決定をします。
(7)じん肺管理区分決定の後
じん肺管理区分が管理2又は管理3イである労働者については、粉じんにさらされる程度を低減させるための措置が求められます。この措置とは、就業場所の変更、粉じん作業に従事する時間の短縮などです。
ここで言う「就業場所の変更」とは、粉じん濃度のより低い場所への変更を意味しますので、後に出てくる「作業転換」とは別物です。これらの措置は、事業者の努力義務ということになります。
じん肺管理区分が管理3イである労働者については、都道府県労働局長の勧奨があったとき、事業者は作業転換の努力義務を負います。
「作業転換」とは、粉じん作業に従事する労働者を非粉じん作業へ作業転換させることを意味します。作業転換は、じん肺のより以上の進展を防止するためには基本的な措置と言えますが、労働者の職業選択権や、転換すべき非粉じん作業が存在するかなど、現実には難しい問題もあります。
じん肺管理区分が管理3ロである労働者については、事業者は作業転換の努力義務を負っています。つまり、都道府県労働局長の勧奨がなくても、管理3ロであれば作業転換の努力義務が生じます。
なお、じん肺管理区分が管理3ロである労働者について、都道府県労働局長から作業転換の指示がなされる場合があります。これは、じん肺の進展や肺機能障害の程度により早急に作業転換をすべきと判断された場合です。この指示は罰則のついた強制力を有するものです。
また、作業転換に際しては、転換手当の支給や教育訓練などの制度も定められていますが説明を省略させていただきます。
じん肺管理区分が管理4と決定された者は療養を要するとじん肺法に定められています。また、管理2、管理3の者でも、合併症にかかっていると認められる者は、療養を要すると定められています。
6 あとがき
石綿健康診断とじん肺健康診断が、制度的にはまったく別物であることをご理解いただけたでしょうか。ただし、その両方に該当する労働者は、3年に一度あるいは1年に一度は両方の健康診断が重なります。それぞれ別の日に実施しなければならないという決まりはありませんから、私見に過ぎませんが、両方の健康診断の要件を満たすように一度で実施していただければ効率的かつ現実的かと思われます。