職場におけるコミュニケーションの改善を通じて

寺子屋心理カウンセリングルーム 代表
群馬産業保健総合支援センター 特別相談員  羽鳥 裕明
(さんぽいばらき 第34号/2009年3月発行)

メンタルヘルス予防対策の環境整備

これまでの企業のメンタルヘルス対策というと管理職への教育、社内報でのPR、メンタル不全社員への対応マニュアル作成、職場復帰支援プログラム作成などが中心となっていました。そしてこうした活動を担ってきたのが、企業の勤労担当者や保健師、産業医などです。このように企業に勤務しながらその企業のメンタルヘルス対策を行う場合、担当者が一番困ることは、企業内に同じ仕事をしている者がいない、または少ないという点です。この為、情報が乏しく、常に経験したことのない新たな問題に直面しながら取り組んでいかなければならないということが問題となります。具体的に困る内容としては、目の前で起こっている問題に対してどのように対応したらよいのか相談できる相手がいないことや、精神科医や心療内科医などにリファーすることが必要なケースでも、リファー先の情報が少なくて適切な対応ができないことなどです。
このように情報の少なさやネットワーク不足に悩む場面が多いものの、結果的には担当者個人個人で情報を集めたりネットワークを構築しているのが一般的かと思います。こうした状況に対して群馬県では、群馬産業保健推進センターが中心となってネットワーク構築を図っています。そのひとつが群馬職域メンタルヘルス交流会です。群馬県労働局、産業医、精神科医、保健師、看護師、衛生管理者、カウンセラーなどをメンバーとして組織されているネットワークでして、年一回の研修会は2008年で第5回目となりました。
そして、この交流会の大きな特徴となるのが、インターネット環境を使った情報共有と、オフ会などの直接ミーティング形式の情報共有の二つの機能です。ネット上の会員専用の掲示板に書き込まれた内容は、登録会員のメールアドレスに一斉配信されるシステムになっており、産業保健に関連するニュースや、最新情報、学会情報などが会員全員で共有化されます。また、不定期でオフ会なども開かれていて、職場内で困っている問題などを、医師、保健師、カウンセラーなどの様々な立場の人と一緒に検討できる場となっています。実際に、新型うつ病についての学会情報の共有化や、個別のケースについての検討などが行われていて、情報共有の場として活用されておりますし、その他に交流会の中から群馬産業看護研究会などの分科会も組織され、分科会用の掲示板も整備し、専門職だけのオフ会なども開かれて情報共有が図られています。
こうしたネットワークを通して情報を共有し、問題を検討することで、企業内の担当者の負荷を軽減し、適切な対応に結びつけていければと考えています。また、産業保健専門職がメンタルヘルス事案に対して、実際に問題が発生した際にどのように対処すべきかをまとめた『メンタルヘルス対応マニュアル』を作成し、この中で医療機関名簿やカウンセリング機関名簿を掲載して地域の専門機関の紹介なども行い、問題発生時に適切な対応ができる準備も行っており、このような何重もの実践的な活動により、適切なメンタルヘルス予防対策ができる環境を作り上げています。

企業のメンタルヘルス予防対策

これまでは、企業のメンタルヘルス予防対策というと専門的治療と再発防止の『三次予防』、早期発見と早期治療の『二次予防』が中心でした。しかしいずれにしても一度メンタル不全が発生してしまうと、その対応はとても大変です。こうした中、そもそも問題を発生させないように対策する『一次予防』が費用面からみても有効であるとして企業でも注目されています。
現在のメンタル不全の原因の多くは、労働負荷の増加と人間関係のコミュニケーション不全でして、特に人間関係の難しさを訴えるケースが増えています。例えば、現在多くの企業が社内メールを活用しており、業務報告などもメールでやり取りするようになりましたが、その分、毎日何十、何百通ものメールを処理しなくてはならない状況となりました。口頭であれば、不明な点などをその場で確認することもできますが、文章でのやり取りですと、不明な点をさらに文章で質問するという作業が必要になり、多くの時間を費やす結果となるだけでなく、十分な意思の疎通が図れない為に誤解が生じ、人間関係までもが悪くなってしまうこともあります。また、メールで職場の不満を述べてくる若年層の部下に対して、直接話を聴こうとするとまったく話をしてくれないという悩みを抱える上司もいます。さらにパワハラ問題などもあり、上司としては正しいことを言っているので問題はないと考えているケースでも、部下がその正しさについていけずに次々とメンタル不全となってしまうということもあります。
人間関係やコミュニケーション問題がストレスを生み、こうしたストレスが心の病に結びついているのですから、これらが改善されない限りはメンタル不全問題がなくなることはありませんし、逆にこれらを改善すれば一次予防としての効果も大きいということになります。こうした中、現在わたしの勤務する企業では全社員を対象としてコミュニケーションに関する講演会などを行っています。講演会では、円滑なコミュニケーションとストレスを生むコミュニケーションの違いなどを分かりやすく図式化して解説したり、心理テストを用いて自分がどのようなタイプの人間なのかを知ってもらい、自分が陥りやすいコミュニケーションパターンに気づいてもらうという内容にしています。
職場のコミュニケーション改善には、まず今の職場で自分や同僚がどのようなコミュニケーションをしているのかを知ることから始めなければなりません。自己理解と他者理解が進むことで円滑な人間関係を築くことができ、これにより職場でのストレス軽減が図れるわけです。こうした講演会は社員の家庭生活などにも活かせるため関心も高いようです。

組織的なメンタルヘルス予防対策の必要性

コミュニケーション不全を改善するためには組織的な対策も必要となります。例えば、ある企業が社員食堂でちょっとした対策をしただけで、営業、開発、製造などの各部門のコミュニケーションが改善し、新製品開発に結びついたという話があります。何をしたのかというと、食堂のテーブルの各席に番号をつけて、入り口で番号くじを引いてもらい、引いた番号の席に座るというものです。たったこれだけで初めて隣り合う人と自然と交流が生まれて、他部門の人と仕事の話が広がり、画期的な新製品開発に結びついたのです。
企業で働くカウンセラーは、メンタル不全者への個別面談はもちろんのこと、心理の専門家として組織へ働きかけることも重要であり、こうした取り組みはメンタルヘルス予防対策としてとても大切なことです。メンタルヘルス予防対策は、個別の取り組みではなく、組織的な取り組みをして初めて大きな成果に結びつきます。メンタルヘルス予防対策というとなにか企業にとってマイナスのものに対してアプローチしているというイメージを持ちやすいですが、企業業績向上に直接結びつくことも多く、そうした対策こそ組織が動きやすいものであると思います。