タバコ その害と禁煙対策

皆川医院 院長  水戸地域産業保健センター長
茨城産業保健総合支援センター 産業保健相談員  皆川 憲弘
(さんぽいばらき 第34号/2009年3月発行)

はじめに

昨年2月8日の茨城新聞に、WHO(世界保健機構)のタバコに関連する記事が載った。その報告書によると、世界では推定約10億人の喫煙者がいて、現在も年間で約500万人がその関連で死亡しており、2030年までには世界での死者数は、年間800万人に達するであろうというものであった。
日頃の話題の中でもタバコの害や禁煙の難しさ、また、肺がんの増加やタバコと肺がんとの関連の話などを耳にすることが多い昨今である。
タバコとその害が、肺がんなどの疾患との関連性をもって、一般の人々にも大きな関心事になってきた証拠であろう。
タバコの人体に及ぼす影響は、肺がんに代表される呼吸器疾患についてだけではなく、人体に広く多大な影響をあたえていることが、近年、多方面で明らかになってきている。ここではそのいくつかを紹介しながら、禁煙の必要性、重要性について、個人的な面、社会的な、また、総合的な視点から述べてみたい。

喫煙の影響

タバコの煙に含まれているニコチンが、麻薬にも匹敵する強い依存性を持っていることは、広く知られているところである。喫煙によりニコチンが数秒で脳に達してドーパミンを放出させるが、このドーパミンは快感を生じさせる物質といわれ、この物質の放出により、喫煙者は快感を味わい、同時にタバコを吸いたいという欲求も生じる。次の一本を吸っても、さらにもう一本欲しくなるという悪循環に陥ることになるわけだ。この悪循環の状態である喫煙の習慣が「ニコチン依存症」といわれるものである。
従って、喫煙常習者の一生は、ニコチンという一本の鎖によって繋がれ、その途中には多くの病気が待ち構えている苦しい一生ということがいえるのである。
ちなみに、主な病気をあげると、咳や息切れ、痰などの症状の呼吸器系の病気、胃部不快感や胸やけなどの胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの消化器系疾患、狭心症や心筋梗塞などの心臓の病気や脳卒中などの循環器系疾患(動脈硬化性疾患)、さらには肺がんをはじめとする多くの悪性腫瘍、そして慢性閉塞性肺疾患(COPD)、肺炎などである。
さらに、女性特有の影響として、女性ホルモンの分泌を抑えることにより、骨粗鬆症の危険が高まり、閉経が早くなり、不妊や妊娠合併症の頻度が効率になる。
このニコチン依存症からの脱却は、喫煙開始年齢が若ければ若いほど困難であることも知られている。ここに中学生・高校生に対する禁煙指導の必要性と重要性がある。
喫煙常習者の家族に喉頭がんの発症率が高いことはかなり前から注目されていた。フィルター付のタバコであっても、先端からの煙は紫煙では無くて、死煙だったのである。
この死煙が文字どおり死煙であって、人体にとって有害であることに気付き、環境問題の一つとして取り上げられた。特に、長時間にわたり閉鎖状態におかれる交通機関で問題になり、分煙が行われた。しかし、分煙では不十分であることがわかり、完全禁煙とすることが求められている。
従って、受動喫煙の問題は、今や、個人の嗜好や疾患の問題を超越して、広く社会的な問題になったのである。
加えて、妊娠可能な若い女性の喫煙は、さらに重大な問題を抱えている。
妊娠中の常習的喫煙は、早産や流産、胎児の発育障害の頻度を高めて、胎盤循環不全や胎盤早期剥離などの母子の生命をおびやかす病気の発生を高めることも知られている。
そして最近の知見では、生まれてきた児の体重が小さいこと、知能指数も低いこと、乳幼児突然死症候群が起きやすいことなどもわかっており、学童期の行動・学習障害にも陥りやすいともいわれている。さらに、10歳児健診において、肥満傾向が著明に認められて、非喫煙者からの児と比べると、肥満児が2.9倍といわれて、メタボリック・シンドロームの早期発症が危惧されている。
今後、少子化傾向の持続が予測される現在にあって、これらの事態は決して看過できるものではない。日本国民の将来にとって、非常に重大かつ緊急の課題である。

禁煙に取り組んでいる学会

日本循環器学会、日本肺癌学会、日本呼吸器学会、日本産科婦人科学会、日本小児科学会、日本心臓病学会、日本口腔衛生学会、日本口腔外科学会、日本公衆衛生学会 など

禁煙治療の実際(概略)

まず、禁煙を始めるのに遅すぎることはないといわれている。早ければ早いほど、起こりうる様々な疾患の危険性は、タバコを吸わない人に近づいてくる。
禁煙して20分後には血圧や脈拍の低下がみられ、12時間後には血液中の一酸化炭素濃度が正常になる。大抵の人は、最初の3日間はニコチン切れ症状が強く見られるが、1ヵ月以内に消えることが多い。しかし、タバコを吸いたい欲求は10週間以上残っているので、この間に軽い気持ちで1本というのが、禁煙を失敗する最も多い原因である。
禁煙治療に対する健康保険の適用は、平成18年度から開始された。健康保険を使って禁煙治療を受けるには一定の要件があり、医師が1回目の診察で確認をしてから行われる。
それには、4つの要件を満たすことが必要である。

  1. ニコチン依存症を診断するテスト(TDS)で5点以上であること。
  2. ブリンクマン指数(1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上であること。
  3. 直ちに禁煙したいと思っていること。
  4. 禁煙治療を受けることを文書により同意していること。
    ただし、要件を満たさない場合でも、自由診療で禁煙治療を受けることはできる。

治療薬剤には、現在3種類ある。

  1. ニコチンを含まない飲み薬(医師の処方が必要)
  2. ニコチンパッチ(医師の処方が必要)
  3. ニコチンガム

禁煙治療の方法については省略する。

禁煙対策の必要性と重要性

タバコの害は前述のごとく、個人的にも社会的にも、また経済的にも非常に重大である。
一方、視点を変えてみると、たとえば、禁煙対策をしっかりと実施すれば、これほど有効な結果が予測出来る事業は少ないであろう。また、経済的にも対費用効果という点においてこれ以上優れたものは無いであろう。
禁煙に対する取り組みは、職場の、企業の健康や環境に対する意識を如実に表す指標である。そして、禁煙対策は、個々人の健康と家庭環境、職場の環境に関心を持ち続けることの大切さを再認識する絶好の事業でもある。
さらに、中高年が喫煙を始めないタバコの値段についての厚生労働省の研究班が、昨年10月に発表した調査結果によると、タバコ1箱の値段は1000円以上とのことであった。前述の茨城新聞の記事によれば、イギリスでは約1900円(5ポンド23ペンス)とのことである。
従って、若年者への禁煙対策と日本国民の健康保持のための目的税として、タバコ税の増額は、早急に検討されるべき重要かつ緊急の課題であろう。

(平成21年3月8日)