最近の職場環境とストレス

茨城産業保健総合支援センター所長
小林 敏郎
(茨城県医師会報 平成21年11月号掲載)

最近の職場環境とストレス

昨年秋のアメリカ発のサブプライムローン問題に端を発した経済不況は、またたく間に世界中に飛び火し世界の経済状況を一変させてしまいました。
日本においてもバブル経済が崩壊して、小泉首相がリーダーシップ(?)を如何なく発揮して財政構造改革が実行され十分なセーフティーネットが無いために 社会の二極化が出現してしまいました。ここでは主として産業現場に視点をおいてストレスフルな職場環境の現状や問題点およびそこに係る就労者について 私見も交じえ話をしてみたいと思います。
図1に示されます様に現在の職場は終身雇用や年功序列制度はとうの昔に終焉をむかえて、 成果主義、能率、効率第一でありかつ世界を相手にスピード化を求められています。 そのために深夜交代勤務などの就業形態や雇用の多様な態様が採用されています。 ここで持筆すべきはいわゆる非正規労働者が多用されてきていることです。 総務省の「労働力調査」の2007年では33.5%を占めるに至っておりました。
特に派遣労働者の雇用問題はご存じの通り、企業の雇用の調整弁と位置づけられ、年金制度、 社会保険、雇用保険も不備な上に再雇用の斡旋や技術修得の機会がなく他職種への転出も出来ず 契約の打ち切りや雇用止めとなってしまっています。

図1

図1

一方で正規社員については必要以上の雇用の削減を断行したあおりでかなり過重な役割の負担を 強いられております。
この様にしてみると正規、非正規を問わず身体的にも精神的両面において負荷が増大しているのが現状です。

図2

図2

図2には実際の労働態様や生活様式の変化による様々な疾患が出現するようになりました。 即ち、農業や漁業のように初めから終わりまで自らが係わって生産したり魚貝類を獲得することによって 「生産の喜び」を体感する事ができます。一方、第二次、第三次(サービス業等)産業に移行するとなると自分が車の 車輪の一部にしかならず仕事への安定感、達成感がややもすると得られにくいという感覚低下に陥ってしまいます。 そのため忙しさに追われてストレスに起因する心身症、うつ病等のメンタルヘルス不調や生活習慣病の発症に つながってゆきます。と同時に作業関連疾患と言われている腰痛症、頚肩腕症候群等の筋骨格系疾患、 長時間拘束されているパソコンをはじめとしたVDT(Visual Display Terminal)作業の視力低下や ドライアイ等の視力障害そして運動不足、過栄養によって肥満を上流にしたメタボリック症候群、糖尿病、高血圧などの生活習慣病等様々な心身の疾患が生じる結果となっています。特に全身労働よりも局所や メンタル労働にその比率が大きくなっています。
ところでメタボリック症候群に関しては平成20年4月より特定健康診査、特定保健指導が高齢者医療確保法の 一貫として実施されている所ですが、産業保健においてもそれに合わせて労働安全衛生法を改正し健診項目の 見直しを行いました。厚生労働省の2004年国民健康・栄養調査のデータによると40~74歳では有病者、予備軍合わせて 約2000万人となり男性の2人に1人、女性の5人に1人ということになっています。腹囲測定や肥満が必須条件は疑問符が付きますが、個人的な印象としては現場での一層の業務量増加に伴う不規則な食生活の低下、運動量の低下やストレスにより40歳以下の肥満の割合が高くなっており特定保健指導のみならず40歳以下の若い方々への産業医、保健指導による健診後の「保健指導」を地道に実施してが大切である考えています。
又メタボリック症候群、生活習慣病の更なる悪化を防ぐためにもストレスの軽減策を講じる必要があると思います。

次にワーク・ライフバランス(仕事と生活の調和)ということについて考えてみたいと思います。

図3

図3

図3 平成18年4月より改正労働安全衛生法が施行され過重労働の健康障害防止対策の一貫として長時間労働者への医師の面接指導が義務化されました。1000人規模の大企業の事業現場においては90%を越す実施率を示していますが中小企業になる程低下し50%前後となっています。50人未満においては地域産業保健センターの登録産業医が鋭意努力しております。この長時間労働の弊害はどのようなものがあるでしょうか。

図4

図4

図4に示すように1日のライフスケジュールを絞り込むと最終的には睡眠時間を削ることとなり心身への悪影響は計り知れないものがあると思います。生活習慣病の増患は当然としてもうつ病等メンタルヘルス不調も同時に出現します。睡眠時間の関係の他には、家族関係の希薄化、少子化、様々な地域、学校等のボランティア参加や育児、老親への介護等その時ならではの大切な時間が持てないという不満が残ると思います。

欧州のEU労働時間指令というものをご紹介したいと思います。記憶されているかも知れませんが平成20年春先に観光バスの運転手が居眠りをして人身事故を起こす事がありました。又一部報道では長距離トラックドライバーの車中の長期宿泊、仕事は携帯で何でも運送します等の過酷な労働実態が明らかにされました。
ところでEU労働指令とは
1日の休息時間は最低連続11時間(勤務終了と次の勤務開始との間の時間)。
週労働時間は48時間(時間外労働を含む)。
年次有給休暇は最低4労働週を与える。
というものです。昨今医師の長時間労働が叫ばれ過労死、過労自殺等が起き労災認定を受けています。少しでも労働環境を改善しなければ医療の崩壊は必至です。連続する長時間労働はアルコール飲酒の運転と同じと言われており医療事故防止のためにも適切な労働時間の遵守のための方策が待たれる所です。

図5

図5

図6

図6

図5、図6は様々な現状のストレス要因を表しています。前述したように競争、効率、スピード等を要求される中にあって年代を問わずストレス負荷存在しています。ここ数年60%を越す労働者が何らかの悩みや不安、ストレスを抱えているとされ、心身症、うつ病、神経症、統合失調症、依存症等各種の精神病患を職場から発症しています。
又現代型うつや非定型うつと言われ対応に苦慮するケースも見られつつあり精神科主治医との緊密な連携が欠かせない所です。更に精神科疾患の職場復帰対策も重要な問題であり、喫緊な課題です。

以上述べましたようにこの世界経済不況下の日本の産業現場の職場においては様々なストレスのかかる過重な労働態様が迫られており、それによって起こるストレス性疾患を未然に防止すると同時により快適な職場環境を形成すべく産業医を含めて産業保健スタッフ等の役割はますます大切になってきています。