茨城産業保健総合支援センター
(茨城県医師会報 平成20年03月号掲載)

1. 労働安全衛生規則の改正

労働安全衛生法では、事業者に対して、労働者の健康の保持増進、疾病の早期発見・予防のみならず、労働者の就業の可否・適正配置・労働環境の評価などを判断するために、定期健康診断等の実施を義務づけています。
昨年、労働安全衛生規則が改正され、雇入時の健康診断(労働安全衛生規則第43条)、定期健康診断(同規則第44条)及び海外派遣労働者の健康診断(同規則第45条の2)の検査項目について、以下のような変更があります。

  1. 腹囲の検査が追加になること
  2. 血清総コレステロールの量の検査に代えて、低比重リポ蛋白コレステロール(LDLコレステロール)の量の検査を行うこと
  3. 尿中の糖の有無の検査が必須化されること

ご存知のとおり、労働災害となりうる脳・心臓疾患発症の危険性については、肥満・高血圧・脂質異常症・高血糖の4つを合わせ持つと相対的に危険性が高まることが明らかになっています。
今回の健康診断の項目の変更は、作業関連疾患である脳・心臓疾患に適切に対応するという観点から見直しが行われたものです。以下、改正の趣旨・目的について説明します。

(1)腹囲の追加について

これまで、肥満の指標としてはBMI(Body Mass Index)が用いられてきました。
しかし近年、BMIよりも腹囲(内臓脂肪)が脳・心臓疾患の発症と関連するとの報告が数多くなされるようになり、日本内科学会等8学会よりなるメタボリックシンドローム診断基準検討委員会や国際糖尿病学会でも、腹囲(内臓脂肪)が基準の必須項目に取り入れられるなど、肥満のリスク指標としてBMI優れていることが明らかとなっています。
このため、腹囲(内臓脂肪)を把握することは、脳・心臓疾患を予防する観点からも欠かせないものとされ、定期健康診断等の項目に腹囲の検査が追加されました。

(2)LDLコレステロールの導入について

LDLコレステロールは、日本動脈硬化学会が示す動脈硬化性疾患診療ガイドラインにおいて、単独で脳・心臓疾患の原因となる動脈硬化の強い危険因子になると指摘され、治療目標値はLDLコレステロールを主体とし、血清総コレステロール値を参考値とするとされています。
このため健康診断においても、血清総コレステロールの量の検査に代えてLDLコレステロールの量の検査を行うことされました。

(3)尿糖検査の必須化について

改正前においては、血糖検査を受けた者について、医師が必要でないと認めるときは、「尿中の糖の有無の検査」を省略することができることとされていました。今回の改正でこの規定が削除され、「尿中の糖の有無の検査」は、必ず実施しなければならない項目となりました。
血糖検査だけでは、健診受診者の状況によって必ずしも正確な値を得られない場合もあるという理由で、血糖検査を補完する観点から、尿中の糖の有無の検査を同時に行うといものです。
これにより、血糖検査だけで把握できない糖尿病の疑いがある者を、より正確に把握しようとするねらいがあります。
なお、これら健康診断項目の改正に伴い、健康診断個人票の様式改正も同時に行われています。

2. 健康診断の実施にかかる細部事項

すでに平成20年1月21日、基発第0121001号通達「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行及び平成10年労働省告示第88号(労働安全衛生 規則第44条第3項の規定に基づき労働大臣が定める基準を定める件)の一部を改正する件の適用について」が発出され、健康診断の実施にかかる細部事項が示されています。

(1)「腹囲の検査」方法

「腹囲の検査」は、メタボリックシンドロームの診断基準に基づき、立位、軽呼気時、臍レベルで測定を実施します。この際、脂肪蓄積が著明で、臍が下方に偏位している場合は、肋骨下縁と前上腸骨棘の中点の高さで測定しますが、より詳細については、平成19年「国民健康・栄養調査必携(厚生労働省)」を参考とするとされています。

なお、具体的な測定方法の映像については、独立行政法人国立健康・栄養研究所のホームページに掲載されています。

(2)腹囲の簡易な測定方法について

腹囲の測定については、腹部の露出等の労働者のプライバシーへの適正な配慮を行う必要性があることから、簡易な測定方法を導入することも可能となっています。
具体的には、腹囲の測定を着衣のまま測定することを認めるとともに、労働者による健診会場での自己測定も認められます。
着衣の上からの測定を行った場合は、厚生労働科学研究における研究結果を踏まえ、実測値から1.5cmを引いた値を腹囲の検査値とすることとなります。
なお、腹囲が定期健康診断の項目として追加されたことに伴い、あわせてその省略基準も告示されています(3.に後記)。

(3)腹囲の値による事後措置について

腹囲は、これまで肥満の指標として用いられてきたBMIに代わる指標として位置づけるものです。
従いまして、これまでBMIが、健康診断個人票の他の健診項目とともに、医師が労働者の状況を総合的に判断するための指標のひとつとして用いられ、事業者も「医師の意見」を勘案し、必要があると認めるときには適切な措置を講じることとなっていたように、腹囲についても同様の取り扱いがなされることになります。
但し、従来からBMIのみで事後措置を求められることはなかったのと同様に、腹囲のみで事後措置を行う必要はないともされています。

3.労働安全衛生規則第44条第3項の規定に基づく検査の省略基準(告示)の一部改正

労働安全衛生法では、事業者に対して、労働者に対する年1回の定期健康診断等の実施を義務づけていますが、労働安全衛生規則第44条第3項の規定に基づき、省略することのできる健診項目を告示で定めています。今回、厚生労働大臣が定める省略基準についても、所要の改正が行なわれました。
改正の要点は以下のとおりです。
まず腹囲の検査を省略できる者として①から④までの者を定めました。

  1. 40歳未満の者(35歳の者を除く。)
  2. 妊娠中の女性その他の者であって、その腹囲が内臓脂肪の蓄積を反映していないと診断されたもの
  3. BMIが20未満である者
  4. 自ら腹囲を測定し、その値を申告した者(BMIが22未満である者に限る。)

「40歳未満の者(35歳の者を除く。)」については、他の健診項目(肝機能検査等)の省略基準と同様の取扱いとしたものです。また、告示で規定したBMIの数値未満のものにあっては、内臓脂肪の蓄積が多いと判断される者が統計上少ないと判断されるため、省略できることとなっています。
なお従来、血糖検査を受けた者について、医師が必要でないと認めるときは、「尿中の糖の有無の検査」を省略することができることとされていましたが、今回の改正でこの規定が削除されたことは、前述のとおりです。
改正労働安全衛生規則は、平成20年4月1日から適用になります。
《参考》 「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行及び平成10年労働省告示第88号(労働安全衛生 規則第44条第3項の規定に基づき労働大臣が定める基準を定める件)の一部を改正する件の適用について」

4. 高齢者医療確保法による「特定健康診査」との関係

高齢者医療確保法に基づき、平成20年4月から、医療保険者は40歳以上の加入者に対し、糖尿病等の生活習慣病に着目した健康診査(以下「特定健康診査」という。)及び保健指導を実施することが義務付けられることとなっています。
労働安全衛生法に基づく健康診断を受診した者又は受診できる者については、高齢者医療確保法において、これらの健康診断を受診し、その結果を医療保険者が受領することにより、特定健康診査の全部又は一部を行ったものとすることとされています。
つまり、定期健康診断と特定健康診査を重複して行う必要はありませんが、高齢者医療確保法の規定により、定期健康診断の実施者である事業者は、当該定期健康診断の結果等を速やかに医療保険者に提供する必要があります。
このことに関し平成20年1月17日、地方労働局長あてに「特定健康診査等の実施に関する協力依頼について」(基発第0117002号)が、また関係団体あてに「特定健康診査等の実施に関する協力依頼について(依頼)」(基発第0117001号、保発第0117003号)が発出され、定期健康診断の実施者である事業者と医療保険者との緊密な連携・協力について、いくつかの留意事項が示されています。

(1)服薬歴及び喫煙歴の聴取について

特定健康診査においては、「既往歴の調査」の項目の中で「服薬歴及び喫煙習慣の状況に係る調査」を行うこととなっています。しかし、定期健康診断においては「既往歴の調査」の項目の中で服薬歴及び喫煙歴の調査を行うことまで義務付けているわけではありません。
そこで、定期健康診断においても、特定保健指導対象者の抽出に不可欠な服薬歴及び喫煙歴の有無について聴取するよう、事業者に協力を求めています。
また、定期健康診断時に服薬歴及び喫煙歴について聴取が行われなかった場合は、医療保険者が労働者個人に対して直接聴取を行う可能性があることについて、周知願いたいとしています。
《参考》 服薬歴及び喫煙歴に関する標準的な問診内容について
「標準的な健診・保健指導プログラム(確定版)」 PDF

(2)事業者から医療保険者への定期健康診断等の結果の情報提供について

労働安全衛生法上、事業者は、定期健康診断等の結果について電磁的記録様式による保存を義務付けられていません。しかし、高齢者医療確保法及び関係法令では、医療保険者に対し、特定健康診査等の結果を標準的な電磁的記録様式により保存しなければならないことなどを定めています。

そのため、医療保険者が事業者に対し、標準的な電磁的記録様式による健康診断の結果の提出を求めることが予想されますので、医療保険者と事業者との協議調整が今後必要になります。

(3)特定健康診査に含まれない検査項目の取扱いについて

労働安全衛生規則に基づく定期健康診断の検査項目には、高齢者医療確保法に基づく特定健康診査の検査項目に含まれないものもあります。
こうした項目が含まれる定期健康診断結果について情報提供を行う場合は、事業者が定期健康診断の実施時に、労働者に対して定期健康診断の結果の情報を医療保険者に提供する旨を明示し、同意を得る(受診案内等への記載や健診会場での掲示等黙示によるものも含む。)必要があります。
このことについて、前記通達では、医療保険者は受領した定期健康診断結果のうち特定保健指導の実施等に必要な検査項目の結果以外は廃棄するなど、個人情報保護に十分配慮した取扱いを行うよう定められているので、事業者においても定期健康診断結果の情報提供について労働者の同意が得られるよう、協力を求めています。

《参考資料》

  【関連条文】 労働安全衛生規則

(雇入時の健康診断)
第四十三条 事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるときは、当該労働者に対し、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。ただし、医師による健康診断を受けた後、三月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、この限りでない。
 既往歴及び業務歴の調査
 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
 身長、体重、腹囲、視力及び聴力(千ヘルツ及び四千ヘルツの音に係る聴力をいう。次条第一項第三号において同じ。)の検査
 胸部エックス線検査
 血圧の測定
 血色素量及び赤血球数の検査(次条第一項第六号において「貧血検査」という。)
 血清グルタミックオキサロアセチックトランスアミナーゼ(GOT)、血清グルタミックピルビックトランスアミナーゼ(GPT)及びガンマ-グルタミルトランスペプチダーゼ(γ-GTP)の検査(次条第一項第七号において「肝機能検査」という。)
 低比重リポ蛋(たん)白コレステロール(LDLコレステロール)、高比重リポ蛋(たん)白コレステロール(HDLコレステロール)及び血清トリグリセライドの量の検査(次条第一項第八号において「血中脂質検査」という。)
 血糖検査
十 尿中の糖及び蛋(たん)白の有無の検査(次条第一項第十号において「尿検査」という。)
十一 心電図検査

(定期健康診断)
第四十四条 事業者は、常時使用する労働者(第四十五条第一項に規定する労働者を除く。)に対し、一年以内ごとに一回、定期に、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。
一 既往歴及び業務歴の調査
 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
 身長、体重、腹囲、視力及び聴力の検査
 胸部エックス線検査及び喀(かく)痰(たん)検査
 血圧の測定
 貧血検査
 肝機能検査
 血中脂質検査
 血糖検査
 尿検査
十一 心電図検査

2 (省略)

3 第一項第三号、第四号、第六号から第九号まで及び第十一号までに掲げる項目については、厚生労働大臣が定める基準に基づき、医師が必要でないと認めるときは、省略することができる。

4~5 (省略)。

【新旧対照表】 労働安全衛生法における健康診断の新旧項目

・定期健康診断項目についての新旧対照表です。
・雇入れ時健康診断は、●1及び●2の項目も必須にとなります。また、喀痰検査はありません。

【旧】 【新】
診察等 問診(既往歴及び業務歴の調査) ○  ○ 
(喫煙歴及び服薬歴) ※1 
身体計測(身長) ●1  ●1 
    (体重) ○  ○ 
    (腹囲) ●2 ※2
視力
聴力
自覚症状及び他覚症状の有無の検査
血圧
胸部エックス線検査
喀痰検査 □1 □1
貧血検査 血色素量 ●2 ●2
赤血球数 ●2 ●2
肝機能検査 GOT ●2 ●2
GPT ●2  ●2
γ-GTP ●2 ●2
血中脂質検査 血清総コレステロール   ●2
血清トリグリセライド    ●2 ●2
HDLコレステロール ●2 ●2
LDLコレステロール ●2 
血糖検査 空腹時血糖 ●2 ●2
ヘモグロビンA1c (□2) (□2)
尿検査 蛋白
糖  ●3 
心電図検査 ●2 ●2

○  必須項目
□1 胸部エックス線検査により病変及び結核発病のおそれがないと診断された者について医師の判断に基づき省略可
□2 血糖検査については、ヘモグロビンA1cで代替も可(平成10年12月15日 基発第697号)
●1 20歳以上の者については、医師の判断に基づき省略可
●2 35歳及び40歳以上の者については必須項目(それ以外の者については、医師の判断に基づき省略可)
●3 血糖検査を受けた者については、医師の判断に基づき省略可
※1 喫煙歴及び服薬歴については、問診等で聴取を徹底する旨通知
※2 ●2に加えて、①妊娠中の女性その他の者であって、その腹囲が内臓脂肪の蓄積を反映していないと診断されたもの、②BMIが20未満である者、③自ら腹囲を測定し、その値を申告した者(BMIが22未満である者に限る。)は、医師の判断に基づき省略可。