平成17年度 ・メンタルヘルス対策のラインケア実施における問題点の抽出とソリューションのための実地研究

主任研究者 松崎 一葉*1,2
共同研究者 島田 理*1、久保田 芳晴*1、笹原 信一朗*1,2、服部 訓典*2
立川 秀樹*2、吉野 聡*2
*1茨城産業保健推進センター 産業保健相談員 *2筑波大学大学院

(1)研究背景

不況も底を脱出してきたといわれ始めている昨今であるが、現在も中小規模事業場ではメンタル不全者の増加が依然止まらない状況が現場からの相談状況から推察される。メンタルヘルス活動も少しずつ職域に浸透しつつあるが、中小規模事業場ではセルフチェックや講習会の聴講などセルフケアを中心とした取り組みが多い。我々も、前年度の「茨城県内の中規模事業場における労働者の実践的ストレス対策支援策の作成に関する研究」において、中規模事業場においては、セルフケアの強化を中心に検討してきた。
しかしながら、ガイドラインの4つのケアの概念からも、他の3つのケアの重要性を検討する必要がある。とくに中小規模事業場においては、大規模事業場に比べて財政面での負担などの理由で産業保健スタッフの確保が困難な現状である。産業保健スタッフが不足している現在では、ラインによるケアへの支援が不足し、さらには事業場外資源との連携も困難になる。その結果、中小規模事業場においては、ラインケアの中心を担う管理監督者が大きな負担を背負うことになり、メンタルヘルス対策の推進を困難にしていると考えられた。そのような状況下で、専門家による管理職支援の重要性を明らかにすることが不可欠と考え、本研究を計画した。

(2)目的

先行研究より、ラインケアの中心的役割を担う、管理監督者のストレス対処能力は、部下の職業性ストレスに大きな影響を及ぼしている可能性が明らかになっている。
そこで、われわれは『管理監督者に重点的な支援を行うことで、ラインケアが充実され、部下の職業性ストレスと健康状態を改善させることが出来る』という仮説を設定し、検証することを目的に前向きの介入研究を実施した。

(3)対象と方法

調査対象:2003年より2005年まで上司と部下の配属関係を把握可能な茨城県内の民間中規模授業場(従業員650名規模)に対し介入調査を実施した。
調査方法:2003年と2005年の同時期に自記式質問票を各職場で配布、記名にて回収した。
調査項目:
性別、年齢、労働時間
職業性ストレス簡易調査票(BSJS)
首尾一貫感覚尺度(SOC)
厚生労働省職業性ストレス簡易調査票一部
介入方法:以下の通り。
まず、職場の管理監督者約13名を対象にグループフォーカスインタビューを行い、労務管理関連ストレスを探った。その後、デブリーフィング効果を期待して管理者同士で部下の労務管理に関する苦労をお互いに吐き出してもらい、実際にメンタルヘルス不全の部下が職場内に生じたときに、具体的にどのような方策を採るべきなのかといった議論や、ある部下で成功した対応方法が他の職員ではうまくいかなかったのはなぜかといった事例検討を行った。その議論のコーディネーターとして産業医の資格を持つ専門スタッフが助言・指導にあたった。それ以外にも、精神科医による管理者への個別カウンセリングや講演、専門家によるコーチングやヒアリングの実習など、徹底した管理職教育を実施した。(表1)

表1

(4)結果

全体的に上司、部下ともにそのストレス対処能力は上昇した。職業性ストレスにおいては、対人関係の困難度は低下を示したが、他の要因では、概ね悪化傾向であった(表2)。
しかしながら、部下のストレス反応得点は、総得点において有意に低下傾向を認め、さらに精神的ストレス反応得点においても、有意に低下した(図1)。
全体として、介入により、上司のストレス対処能力(SOC得点)が上がることによって、部下のストレス対処能力(SOC得点)も上がり、部下のストレス反応、特に精神的ストレスが軽減される結果となった。

表2

(図1)介入前後の部下のストレス反応

(5)考察

勤労者の自殺は日本の自殺者数全体のおよそ4割を占め、そのうちおよそ7割はうつ病などの精神疾患が原因と推測されている。勤労者層の自殺予防対策として、職場におけるうつ病を中心としたストレス性疾患の予防が極めて重要である。先行研究によりストレス対処能力が高い管理監督者の下では部下の職業性ストレスが少ない可能性が明らかとなっていたが、管理監督者を中心とした介入を2年間行った結果、上司のストレス対処能力(SOC得点)が改善したこと、さらに、部下のストレス反応、特に精神的ストレス反応が軽減したという知見が得られた。
つまり、職場におけるラインケアの中心を担う管理監督者へ重点的な支援を行うことで、職域の精神的健康度の改善が図れる可能性が示された。しかし、前述の通り中小規模事業場では管理監督者のラインケア支援を行う産業保健スタッフの確保が難しく、管理監督者への支援が行き届いていない現状が明らかになっている。
そこで、われわれは管理監督者への支援を行うために、今回の介入研究を実施していくなかで得られた管理職支援アプローチに関するノウハウを『ラインケア支援の方策マニュアル』 としてまとめた。本研究を通して得られたこのノウハウが茨城県内はもちろん、広く全国で活用出来るものとなるよう、現在このマニュアル活用に関する継続研究を予定している。