平成19年度・『「うつ病」以外の精神疾患にも対応した職場復帰マネジメント手法の確立に関する調査・研究

主任研究者 松崎 一葉*1,2
共同研究者 小林 敏郎*1、笹原 信一朗*1,2、吉野 聡*2、友常 祐介*2、
谷口 和樹*2、富田 絵梨子*2、宇佐見 和哉*2、梅田 忠敬*2、
林 美貴子*2
*1茨城産業保健推進センター*2筑波大学大学院

(1)研究背景

こころの健康問題により休業する労働者は増加傾向にあり、それに対し厚生労働省からのメンタルヘルス指針に基づいた各種の対策が講じられ、「うつ病」等のストレス性精神疾患に対する理解は深まってきている。しかし、職場におけるメンタルヘルス疾患は「うつ病」のみではなく、統合失調症や人格障害などの症例もあり、「うつ病」のみを想定した画一的な職場対応を取ることで問題が複雑化し、逆説的にメンタルヘルスに対する偏見が強まる可能性が危惧される。 主治医を調査対象とした先行研究からも、診断書では病名を正確に記載することを控えたり、表現を弱めたりする傾向があることが明らかとなってきている。平成16年に厚生労働省から出された「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」にもあるように、主治医の復職可否の判断を元に、職場として復職に関する判断が必要とされている。復職支援が円滑に進まないケースが発生している一因として、主治医の診断書における情報不足から復職支援が困難に至ることがある。
そこで、こころの健康問題により休職した事例について詳細を分析し、主治医の診断書における情報とレトロスペクティブな操作的診断による情報の補足を行い、休業期間、復職支援の困難感などについて検討し、様々な精神疾患にも対応した職場復帰マネジメント手法を確立する必要があると考え、本研究を計画した。

(2)目的

こころの健康問題により休業した労働者への対応において、主治医からの診断書は大きな役割を果たすが、実際には病名を正確に記載することを控えたり、表現を弱めたりする傾向がある。そのため、主治医の診断書のみを頼りに復職支援を行うことは、ケースマネジメントを困難なものにし、失敗につながる可能性がある。そこで、休業した労働者に対する主治医の診断書における情報とレトロスペクティブな操作的診断による情報の補足を行い、休業期間、復職支援の困難感などについて事例レベルからの実態調査を実施し、様々な精神疾患にも対応した職場復帰マネジメント手法を検討することを目的とした。

(3)対象と方法

・調査対象
精神科産業医を雇用している6ヵ所の事業場において、こころの健康問題により休業した労働者50例
・調査方法
上記の対象のうち、本人・主治医・事業場の3者から同意の得られた事例について、精神科産業医を中心とする研究チームがレトロスペクティブにDSM-Ⅳに基づいた操作的診断による情報の補足を行う。その結果、主治医の診断書病名と補足された診断名にどの程度の乖離があるかを調査し、休業期間、復職支援の困難感などについて検討する。

(4)結果

50名の休職経験者とその所属する6事業所及び担当する8名の主治医に対して本調査への協力を求め、全ての同意を得た4名の休職者のデータを解析した。その結果、対応困難度別に各事例に特徴が見いだされた。
事例1は、30歳男性、診断書では「うつ病」、操作的診断補足でも「うつ病」、休業1回・休業稼働日数26日、対応易であった。事例2は、43歳男性、診断書では「心因反応」2回、「自律神経失調症」1回、操作的診断補足では3回とも「うつ病」、休業3回・平均休業稼働日数45日、対応困難度普通例であった。事例3は、32歳男性、診断書は「精神衰弱」1回、「分裂病」2回、「統合失調症」2回、操作的診断補足は5回とも「統合失調症」、休業5回・平均休業稼働日数42日、対応困難例であった。事例4は、35歳男性、診断書では「心因反応」1回、「うつ状態」1回、操作的診断補足は「強迫性障害」1回、「人格障害」2回、休業3回・平均休業稼働日数58日、対応困難例であった。
これら4事例を、その休業日数と対応困難性より分類すると、図1のように分類された。

図1

(5)考察

今回の結果より、うつ病を正確にうつ病と診断書上記載し職場と連携をとることは、休職期間の短縮や休職を繰り返さないために重要と考えられた。うつ病以外の疾患では、障害として職務遂行能力に影響を及ぼすことがあるため、休職期間の長期化と休職を複数回繰り返す傾向に至りやすいと考えられた。
診断書の表現は婉曲されている事が多いが、それ自体が休職期間や回数に影響を及ぼすかどうかは、今回は例数が少なく検討出来なかった。同意書の取得が容易でなかったため、本研究結果は事例報告レベルの限界が存在するが、得られた事例からは今後の職場復帰関連研究についての重要な知見が見いだされた。今後は、さらに例数を増やし結果の一般化を引き続き目指して行く予定である。

謝辞 本研究実施にあたってご協力頂いた各事業所、休職経験者のみなさま、主治医の先生方のみなさまに心よりお礼申し上げます。

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