漢方医から職場への処方箋

労働者健康福祉機構 鹿島労災病院
メンタルヘルス・和漢診療センター長 伊藤 隆

目次


  1. かぜ薬としての漢方薬(桔梗湯、葛根湯、麻黄湯)
  2. うつ病と漢方(柴胡加竜骨牡蛎湯)
  3. 咽喉違和感と漢方(半夏厚朴湯)
  4. 漢方の知恵で治そう
  5. 血を巡らす漢方薬(桂枝茯苓丸)
1.かぜ薬としての漢方薬(桔梗湯、葛根湯、麻黄湯)~西洋薬より効くケースも多く

はじめに
筆者は漢方の専門医です。内科医で呼吸器内科の研修歴もありますが、 当院ではメンタルヘルスセンターも兼任しています。本稿では労働者の方々の様々な病気に貢献できる漢方薬を紹介いたします。

1)感染症治療は医療の基本
今年最大の話題は新型インフルエンザでしょう。 昨年からテレビ、新聞等にて来るぞ来るぞと喧伝されてきて、ついに来た!そんな印象があります。 亡くなられた方々にはお気の毒ですが、全体としては比較的軽症例が多いそうで、 激烈なタイプでなくて良かったと思っております。

さて、漢方の教科書が、インフルエンザなどの急性熱性疾患を対象とした治療書であることをご存知でしょうか。 傷寒論(しょうかんろん)といい、紀元2世紀の中国で書かれました。 「慢性疾患の薬」の教科書が急性熱性疾患の本だなんて不思議に思われませんか?

漢方は江戸時代までは国の医療でしたが、明治政府は日清戦争に勝利した翌1995年の帝国議会において、 漢方を国の医学として認めない議決をしました。 漢方には、衛生学の欠如など軍隊の医学に向かない面があったのは事実ですが、 多くの病に有効な治療薬には前近代のレッテルが貼られ、漢方治療は町の薬局やごく一部の医師が細々と営む程度となりました。 このため漢方診療を受けられる患者は、「急を要しない慢性疾患」だけになって現在の漢方医学に対するイメージが出来上がっていったのでしょう。 2008年4月条件付きではありますが、医療機関が「漢方科」を標榜することが認可されました。113年の空白を経て、 漢方は「新しい医療」として公(おおやけ)に認められたのでした。

2)風邪とインフルエンザに対する漢方治療の役割
風邪は漢方薬の独壇場です。西洋薬よりもはるかによく治ります。 西洋薬で治療した場合よりも漢方薬を用いた方が発熱持続期間が短くなったという論文があります1)。

インフルエンザでは寒気や発熱などの症状は風邪の場合よりも激しくなりますが、 漢方薬は最新の抗ウィルス薬にひけをとらない治療成績を示しています。 麻黄湯を抗ウィルス薬に併用したら、西洋薬を併用した場合よりもより早期に解熱したとする報告があります2)。 漢方薬単独で治療しえた報告も少なからずありますが、筆者はウィルス量が多い場合、 あるいはウィルスの性質が激しい場合にはやはり抗ウィルス薬を用いた方がより早く回復できるのではないかと考えています。 学童に接する立場の方々はワクチンを接種しておく必要がありますし、 罹患されたときは抗ウィルス薬を服用することはある程度やむをえないのではないかと考えます。

なお、タミフル、リレンザなどの抗インフルエンザ薬は発症後48時間以内の症例が適応です。 それ以降での使用は有用性が知られていません。

インフルエンザ発症後48時間以上を経過してしまった方、 抗インフルエンザ薬の副作用が恐い人は漢方薬で治療するより他に手ないのではないでしょうか。

インフルエンザでは解熱薬は使わないのが原則です。漢方薬は解熱薬ではありません。 服用すると、むしろ体温は若干上昇します。 それとともに体の免疫反応が活発化してウィルスに対する攻撃を高めて、結果として発汗して治っていくのです。 ですので、体温が39度を越えて脱水の傾向があり、点滴などの補液を要する場合には漢方薬といえども慎重に用いる必要があります。 重症時はやはり医師とよく相談して用いて下さい。

3)漢方薬の使い方
漢方薬には適応となるタイプがあり、証(しょう)と呼ばれます。 これは病状を悪化せしめないための経験則です。 風邪ならばどんな薬でも同じではありません。 漢方薬の優秀性は副作用が少ないことではなく、副作用をきたさせない使い方にあるのです。以下に説明いたします。

    1. 桔梗湯(ききょうとう)

桔梗と甘草の二味からなる漢方薬です。 「咽喉の痛み」が適応です。かぜの罹りかけで、まだ風邪になっていない時期が適応です。発熱や寒気がでてきたら、次の葛根湯などをご検討ください。咽喉が痛くて、あ?風邪ひいたかな?と思ったら、先ずこの桔梗湯エキス2包をお湯に溶かして、咽喉の奥で少々ガラガラと軽いうがいをするようにして、飲み込んでください。飲み込まず、吐きだしてもそれなりに効きます。本当の風邪になっていなければ、かなり効きます。また咽痛から風邪に進展しやすい人は、咽痛の段階で症状を抑えられると発熱まで至りません。かぜのウィルスが咽喉に侵襲し始めた段階で咽喉の局所の炎症を治療する薬なのです。 この薬の市販トローチ製剤については、かなり優れた治療成績が報告されています)。

    1. 葛根湯(かっこんとう)

寒気、頭痛、発熱が始まってしまったら、通常の風邪です。こういう場合、葛根湯は最も多く使用できます。ただし、いつでもよいわけではありません。 葛根湯証(葛根湯が効く状態)とは、

  1. 汗をかいていない
  2. 首すじやうなじが強ばる
  3. 症状が重篤ではない(うなるほどではない)
  4. 寒気がする

この4項目が揃っていたら、葛根湯を飲んでみて下さい。 顆粒製剤であれば、できるだけお湯に溶かして服用してください。 そして汗をかきやすいように体を温めてください。うどん、おかゆなどの温かい食事をするのも結構です。 証に合いますと、服用30分以内に、じわっと汗をかく、症状が軽くなるなどの反応があれば「当たり」です。 2?3日服用してみてください。

    1. 麻黄湯(まおうとう)

葛根湯証より症状がやや重い状態です。インフルエンザに多い証と言われています。勿論、普通の風邪でもよくあります。
麻黄湯証とは、

    1. 汗をかいていない
    2. 寒気がする

この2点は葛根湯証と同じです。「首のこり」もあってよいです。そして、さらに

  1. 体のふしぶしが痛い

この症状が大切です。葛根湯証との鑑別点はここにあります。
葛根湯にも麻黄湯にも麻黄という生薬が含まれています。麻黄は解熱作用、鎮咳作用など種々の強い作用をもつ生薬です。 副作用として動悸、食欲低下などがありえます。葛根湯か麻黄湯か迷ったら弱い方の薬である葛根湯から服用してみてください。

4)さいごに
咽痛のかぜ薬、インフルエンザあるいは症状の激しいタイプの風邪の治療薬について紹介いたしました。 節制は薬よりも大切です。風邪をひいたら無理しないで休んでください。

《参考文献》
1)本間行彦:日東医誌46(2),285, 1995
2)木元博史:治療学40(4), 385-388, 2006
3)原桃介: 漢方と最新治療6(4), 371-383, 1997.

2.うつ病と漢方(柴胡加竜骨牡蛎湯)~寝付きよくなり表情も明るく~

1)内科医はうつ病が苦手
うつ病は気力低下、気分のよくうつを特徴とする精神疾患です。症状としては、不安、焦燥、精神活動の低下、食欲低下、不眠症などを呈します。最近の調査では、有病率は人口の1~2%、生涯有病率は3~7%とされています。

この病気は、内科などの一般診療医が見落としやすいと言われています。内科を受診するうつ病患者の80%は、精神ではなく身体の不調を訴えてきます。このためか、医師の48%がうつ病を見逃したとする報告があります。日本の一般 医は通常の疾患だけで手一杯で、うつ痛の診療は苦手なのです。一方、欧米でうつ病患者を診療しているのは一般医の9~20%であり、我が国の2~3倍になります。

2)治療
この病気は「心の風邪」と呼ばれるように、ある時期ストレスから離れての安静期間が必要です。そして、抗うつ薬の内服が大切です。薬剤に対する反応については、報告では8週間の服薬で3分の2は改善に向かうようです。

治療予後はタイプによります。一時期落ち込んだ後に次第に回復していくタイプ(単極性うつ病)は最も予後が良く、9割方治療に反応します。うつ状態だけでなく、そう状態も呈するタイプ(双極性うつ病)は病態に応じた薬の調整が必要になります。神経症の傾向をもつタイプ(神経症うつ病)では治療が難しい場合が多くなります。

なりやすい病前性格には、真面目、完壁主義、周囲に対する気遣いが強いといった傾向があります。最近は、我慢ができない、切れやすい、自己主張が強いなど、人格に問題があると思われる例が増えてきて、うつ病が変わってきたと言われています。

3)当院の治療方針
当和漢診療センターはメンタルヘルスセンター兼任のため、必ずしも漢方薬を希望していない方も受診されます。東西どちらの治療を行うかについては、原則 は患者さんの希望を尊重しています。もちろん、病状によっては、漢方薬単独治 療を希望されても、西洋薬の併用を勧めたり、重症例では精神科医を紹介する場合もあります。

4)西洋薬の併用状況
西洋薬の併用、他科他院との併診状況について調査してみました。うつ状態の患者さん(うつ病以外を含む)で1カ月以上漢方治療できた104例中、漢方薬だけで治療していたのは24例、ほぼ4分の1でした。ちなみに、他の医療機関と 併診している方が2分の1、私から西洋薬を処方している方が4分の1でした。 大部分の医療機関では、西洋薬に漢方薬を併用する形で使用していますから、漢方薬単独で治療している例が4分の1でも多い方だと思います。このような施設は、これからは増えていくと期待しています。

5)漢方治療例
漢方単独治療の具体例を紹介します。

症例は、70歳の女性です。主訴は、倦怠感と不眠です。10年前お子様が独立してから、ずっと体がだるかったそうです。床に就いてから眠るまで30分かかり、朝早く目が覚めるようになりました。3年前1人暮らしになった後は、少し 驚くだけで眠れなくなりました。高血圧にて内科通院中ですが、睡眠薬は飲みたくなく、漢方薬ならば服用してみようと思い、受診されました。

症状を問診すると、この他にも、腰から下が冷えて寒い、疲れやすい、体全体 が重い、物事に驚きやすい、些細なことが気になる-などに悩んでおられました。重症例でないため、漢方薬単独治療をすることにしました。

身体所見は、身長140cm、体重50kg、血圧134/70mmHg。胸腹部に異常はありませんでした。

そこで、柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)という漢方薬を エキス剤で処方しました。エキス剤は煎じ薬から作った、インスタント珈琲のような顆粒製剤です。お湯に溶かして服用して頂きました。2週間後、だるさが減じてきました。寝つきが良くなったのですが、朝眠い状態は、なお継続していま した。6週間後、午前2時に目覚めていたのが、午前5~6時まで睡眠が持続するようになりました。服用すると気分が落ち着くため、その後2年間こわたって 断続的に服用しています。

漢方単独治療の長所は、無理なく自然に回復していくことにあります。抗うつ薬を用いると、気力はでてきたけれど気分は落ち込んだまま、あるいはその反対であるなど、気力と気分がアンバランスな場合があります。欠点は治療効果に個人差が大きいことです。自殺の危険がある症例には通常の精神医学的な治療が必要で、漢方薬による治療は後回しにしなければいけません。

6)柴胡加竜骨牡蛎湯が効くタイプ(証)
うつ状態に効く漢方薬は多数ありますが、今回はこの薬を紹介します。

中味は、柴胡(さいこ)、半夏(はんげ)、桂皮(けいひ)、萩苓(ぶくりょう)、黄?(おうごん)、大棗(たいそう)、人参(にんじん)、竜骨(りゅうこつ)、牡蛎(ぼれい)、生姜(しょうぎょう)の十味です。柴胡はセリ科サイコの根。 いらいらしている気分を抑えてくれます。竜骨は古代の馬の化石、牡蛎はカキの貝殻です。どちらもカルシウムが主成分です。茯茶は、マツの木の根にできるサルノコシカケ科の菌類です。これらはいずれも気分を静める作用を持っています。

誰にでも効くわけではありません。身体所見と精神症状については効くタイプ があります。体格は肥満気味で便秘傾向の人が適応です。漢方では実証(じっしょう)といいます。やせ気味の人、漢方でいう虚証(きょしょう)には別の薬になります。虚証の人が実証の薬を飲むと、肝機能障害などの副作用を来たしやすくなりますから、ご注意ください。

精神症状としては、少しの物音でも目が覚めてしまうなど、驚きやすい傾向を持っているタイプです。恐い夢を見る人が多いです。動悸しやすく、診察すると 心下部、臍のあたりで腹部大動脈の拍動を認めることができます。

精神症状が同様でも、やせている人には桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)を用います。

7)さいごに
私たちの睡眠時間は加齢とともに短くなるものですが、眠れないイコール不眠症ではありません。病気と言えるのは、不眠を苦悩するときです。そんな悩みの 強いときには、遠慮なく産業医に相談してみましょう。そして、抗うつ薬が嫌な人は漢方薬という手があることを検討してみてください。

3.咽喉違和感と漢方(半夏厚朴湯)~”気うつ”を軽減する~

1)ストレスで咽喉に違和感が
「いつからか、のどの奥に物があるような感じがする。耳鼻科医の診療ではなんともないと言われる。胸部レントゲン写真でも異常はない。しかし咳払いしても出ていかない。ゴクッと飲み込んでも落ちていかない」。そんな違和感をお持ちの方はいませんか?

漢方医学では、梅の種がのどにつっかえているような感じから「梅核気(ばいかくき)」と呼んだり、炙った肉片みたいだということで「咽中炙臠(いんちゅうしゃれん)」とも呼びます。昔の精神科の教科書には「ヒステリー球」という用語がありますが、本稿でいう咽喉違和感は、ヒステリーよりもより広い病態概 念を指しています。

この違和感が急に起こってくる場合には、ときに緊急を要する病気もありますから、医師にご相談いただきたいのですが、ここでは慢性の場合についてお話しします。

いちばん多い原因は、いわゆるストレスです。咽喉違和感を持っている方の大部分が仕事あるいは家庭で何らかのストレスを抱えています。咽喉違和感をきたす心の病には、うつ病、ノイローゼ(神経症)、不安障害など、いろいろあり得 ます。漢方医学では、この咽喉違和感は、スムースに流れるべき気が何らかの原因で咽喉に停滞する、気うつという病態で出現すると考えています。この症状に対する治療薬として、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)があります。良く効いた一例をご紹介しましょう。

2)精神を安定させ気の流れを巡らせる
40歳の女性の方です。30歳頃より動悸しやすく、体がふわふわしていて、雲の上を歩いているようになります。不安が強く、車の運転をしていても交差点で対向車とぶつかるんじゃないかと、怖くなってしまいます。体格は小柄で中肉です。他の症状を尋ねると、体がだるい、寝起きが悪い、頭が重い、耳鳴りがするなど、たくさん出てきました。首、肩の強いこりとともに咽喉の違和感も自覚していたことが分かりました。そこで、この違和感を目標に半夏厚朴湯のエキス剤2包を、外来でお湯に溶いて試服してみました。わずか30分で肩こりは半減しました。継続して服用したところ、4週後には肩、胸のはりが楽になり、違和感も軽減してきました。

この薬は、生姜(しょうきょう)、半夏(はんげ)、茯苓(ぶくりょう)、紫蘇葉(しそよう)、厚朴(こうぼく)の五味より構成されています。生姜は食卓で お馴染みの「しょうが」です。

生姜は解熱作用、魚の臭みをとる作用など多くの薬効を持っていますが、ここ では胃の運動を盛んにして吐き気を押さえてくれます。

半夏はカラスビシヤクの塊茎で嘔吐を押さえます。

茯苓はサルノコシカケ科マツホドの菌核で水の流れを調整します。マツホドを探す伝統的な手法を紹介しますと、古い松の切り株などの、根近くの地面を先端のとがった金属棒で突いて探すのです。突いた時の手応えでマツホドがあるかどうか探知できるのだそうです。茯苓突きと呼ばれますが、熟練した技が必要と聞いています。

紫蘇葉は、刺し身などに添えられるお馴染みの食材ですが、これは抗菌作用、抗寄生虫作用があるからのようです。風邪薬としても知られていて、鎮咳、去痰作用もあります。ここでは気を巡らせ、気分を鎮める役割を担っています。

厚朴はモクレン科朴の木(ほうのき)の樹皮です。主成分はマグノロールで、鎮痛、鎮静作用があります。ちなみに、朴の木の葉は大きくて調理の際に、火に強いことにより、朴葉(ほうば)味噌、朴葉寿司に用いられています。

以上をまとめると、生姜、半夏で嘔気を抑えて、茯苓、紫蘇葉と厚朴で精神を安定させ、気の流れを巡らせる-そのような薬なのです。

筆者の経験では、この薬で咽喉違和感を治せる確率はだいたい3分の1ぐらいです。有効性が低いとお思いでしょうか?ほとんど食材の生薬から構成された、作用の穏やかな薬です。眠くなるなどの副作用がなくて、これだけ有効な薬は、現代医薬にはまったく見当たりません。咽喉違和感にお悩みの方は、医療機関を 受診する前にお試しいただいてよろしいのではないでしょうか。

3)ケースに応じて精神科医との協力も
気うつは、前身をスムースに巡るべき気(き)がうっ滞している漢方医学的病態です。ちなみに「うつ病」は西洋医学の病で、気分の抑うつと気力の低下を特徴として、異なった病態概念とお考えください。気うつにはいろいろなタイプが あり、いつも半夏厚朴湯が効くとは限りません。

筆者は8年前より当院のホームページで、この薬を紹介してまいりました。そのためか、最近は、この薬が効かなかったので来たという方が増えてきました。 半夏厚朴湯が効かなかった患者さんには、上半身の緊張が強く、人から指摘されても肩から力を抜くことができない方が少なくありません。リラックスできない方の咽喉違和感の治療は苦労しますが、原因をできるだけ明確にすることが重要 です。

うつ病などの心の病があるときは、向精神薬の調整など精神科医の協力が必要な場合があります。

内科疾患によることもあります。喘息素因のある方には、半夏厚朴湯に小柴胡 湯(しょうさいことう)を合わせた柴朴湯(さいぼくとう)をよく用います。最近多いのは、胃食道逆流症です。胃液が食道に逆流してくることで、咽喉が刺激 されて起こると言われています。半夏厚朴湯には嘔気を抑える作用があるので、この機序に対しても一定程度は有用です。しかし胃液逆流が顕著で、食道下部の粘膜に炎症をきたしているような場合には、プロトンポンプ・インヒビターなどの、胃酸を強力に抑える薬が有効です。消化器内科医院にて胃内視鏡検査を受け てください。

また同様に、こうした強力な西洋薬を服用していても胸やけなどがとれない場合に、半夏厚朴湯や他の漢方薬が効くことがあります。東西両医薬は、効くポイントが微妙に異なっているようです。

4)指導を受けてリラックスする
気うつなどを、「気の持ちようで治るのか」と単純にお考えにならないでください。というのは、ストレスの原因が明らかな場合の大半は解決が意外に難しいのです。

1日中パソコンに向かって仕事をしている人の、肩こりが治らないのは当然です。薬で若干良くなっても、その分だけ仕事をしてしまえば元の木阿弥です。さらに職場内の「嫌な奴」が原因の場合は、解決はさらに厄介です。信頼できる上司、同僚に-例え前の職場の人であっても-1度は相談してみるべきでしょう。1人で抱えていても、たいていは解決しません。

緊張緩和のために、自律訓練法、鍼灸、マッサージ、スポーツ、ヨガなどは助けになるようです。これらに共通していることは、リラックスすることとそのた めの呼吸を重視している点です。息をゆっくりと吐くに合わせて、首や肩から力を抜くことができるでしょうか。息を吸うときは背中を真っすぐにして、腹式呼 吸で行ってください。うまくできない方には、適切な指導者あるいは治療者が欲しいところです。

咽喉違和感は、ストレスの強さを注意する黄色信号のひとつなのかもしれません。この症状がなかなかとれない方は、仕事中でも時々は意識して肩から力を抜いてみる時間を、工夫してつくってみてください。

4.漢方の知恵で治そう

はじめに
冷え症は漢方治療の最も得意とする領域です。そもそも西洋医学には「温める」という治療概念がありません。治療薬を強いてあげれば血管拡張薬になりましょうが、 適応は限られており、臨床効果は漢方薬に遠く及びません。漢方薬は温める薬と冷やす薬の二群に分けられるように、寒熱が治療の基本概念を成しています。必ずしも薬を使いません。

今回は薬を服用する前に、冷え症を治すことのできる、日常生活の注意についてお話しいたします。

1)動かないと冷える
脳出血などで半身不随になった人の麻痺した手足は大抵冷たいものです。動かない、あるいは動かせないから冷えるわけです。このような冷えを薬で温めようとしても無理があります。一日中家でじっとしている人の手足は可能であれば動かしてあげたいですね。人は動くことで局所の循環が保たれます。

現代は運動不足の人が多いです。麻痺もないのに、外気の冷たさを嫌って室内に閉じこもって安静にしていれば、冷えやすくなっていきます。

「一身動けば一身強まる」。「人間、足からあがる」。「隠居三年」。これらは健康のために、いかに運動が大切かを示した名言です。皆さんは運動しておられますか。

2)冷気に耐えられる冷え
健康な子供は熱のかたまりです。だからこそ、冬の寒さの中でも元気に走り回もことができるのです。彼らの手足の冷えは外気の冷たさに耐えられている証明でもあり ます。

大人も皮膚を鍛えることで冷えや寒さに強くなることができます。乾布摩擦、冷水 摩擦、サウナ後の冷水浴などにはそうした効果があるようです。水泳、冬季のジョギ ング・ウォーキングには運動だけでなく、寒風に身をさらすことで皮膚を鍛えていく効用があります。

筆者は時々冷え症の患者さんに、入浴終了時に10秒間の冷水シャワーをお勧めしています。かける順番を足、顔、背中とすると比較的抵抗が少ないと思います。怖くてとても出来ないという人も多いのですが、これだけで冷えが改善した人は少なくありません。湯冷めしやすい人は一度試してみてください。もちろん、心臓に不安のある人はしないでくださいね。

3)食事で冷える
体を冷やす飲食物の害についてはあまり知られていません。栄養学に寒熱の概念がないからでしょうか。

一般に、肉などの動物性食品は体を温め、果物、生野菜などの植物性食品は体を冷やします。総じて、熱い地域でとれた食物は体を冷やし、寒い地域の食物は体を温める傾向があります。熱帯の果物、砂糖は体を冷やします。リンゴは寒い地域でとれるため、果物としては冷やす作用は比較的弱いとされますが、それでも冷える人は少なくありません。乳製品は動物性ですが、体を冷やします。牛乳は温めても体を冷やします。理由はよくわかりませんが、本来熟のかたまりの子牛のための食品だからでし ょうか。

食事の体を冷やす作用には個人差があります。運動をしている人は、運動で熱を産生しますので、影響は少ないはずです。元気でよく動く子供はお菓子、果物、牛乳を好みますが、それらで体の熱を冷ましているのですね。しかし、運動をしていない人、あるいはあまり運動できない人に、冷やす食物は良くありません。

牛乳を飲まなかったらカルシウムはどう摂取するのだ?ヨーグルトとらないと便秘してしまう!高齢者の人からそんな悲鳴が聞こえてきそうですね。

4)冷やす食事の見つけ方~大好物が怪しい!~
漢方医学では冷えによる身体症状として、下痢、腹痛、鼻炎症状、咳嗽、頭痛、種々の疼痛などを認識しています。入浴して改善する症状の多くは冷えが関与しています。こういう人は一度、食事で体を冷やしていないか、検討してみてはいかがでし ょうか?

砂糖類、果物、生野菜、乳製品の中で、大好物はありませんか?止めることなど絶対できないという食事はありませんか?もしあったら量を半分にしてみてください。可能であればすべて止めてみて、症状の変化を観察してみてください。慢性疾患であれば、できれば1ケ月、短くて1週間、大好物を休んでみてください。食事が原因であれば大抵なんらかの変化が見られるはずです。

皮肉なことに、体に悪い食物ほど好きで、いくら言われても止められない人が大半です。逆に言えば、止めにくい飲食物ほど体調を悪化させていることになります。

5)食事以外に冷やすもの
何よりも喫煙でしょう。代表的な血管疾患は閉塞性動脈硬化症です。足の動脈が閉塞して痛みで歩行できなくなります。重症化すれば足が壊死に至りますが、初期症状-は冷えです。必要な治療は血管拡張薬より禁煙です。ニコチンの血管収縮作用は強力です。どんなに高価なお薬の効果もタバコ1本でぶっ飛んでしまいます。そのような病気にならなくても、愛煙家の冷えは極めて難治です。禁煙しないで良くなる人は皆無です。

アルコールについては酒などの醸造系は温め、ウイスキーなどの蒸留系は冷やすと言われていますが、長く飲んでいると、赤ら顔、手足のほてりなど、体に「熱を貯めていく」ケースが多いようです。慢性疼痛を有する人では痛みを悪化させている場合があります。お酒が痛みにどう関与しているかは休酒してみないとわかりません。治療効果は、休酒を嫌がる人ほど有効です。皮肉なものです。

6)飲食物の注意により改善した尿失禁の一例
症例は82歳、男性です。主訴は尿漏れです。 8年前、前立腺癌手術施行後、尿漏れしやすくなり、1年前からは一日中パットをあててきました。立ち上がるときによく漏れます。夜間尿は5~6回あり、睡眠も充分ではありません。近医に勧められ8月末に受診されました。飲酒、喫煙はしていません。

身長156cm。体重55kg。体温36.1℃。血圧117/57mmHg。脈拍数69/分。中肉中背。漢方医学的には虚でも実でもなくその中間でした。

八味地黄丸(はちみじおうがん)など、いくつかの漢方薬を服用して頂きました。しかし、ほとんど変わりませんでした。12月末に寒くなり、尿は昼8回以上、夜間は 7~8回に及び安眠できません。血圧も上昇し、180/90mmHgにも達しました。

そこで冷やす食事についてお話してみました。果物が冷やすと聞くや否や、にわかに表情を曇らせ、ガックリと首を垂れました。果物は彼の大好物だったのです。あまりの落胆ぶりに、これが症状悪化の原因に違いないと確信したぐらいです。

みかんは1日10個から1個に減らしました。1日12~15個食べていた、いちごは 止めて頂きました。すると、夜間尿が3~4回と半分以下に減少し、眠れるようになりました。血圧も150/80mmHgに低下しました。

1ケ月後、小便の回数が減少し、おむつパットの使用が減じました。

2ケ月後、尿失禁は日中立ち上がるときはありますが、夜間は尿意がわかるようになり、漏らすことがなくなりました。

7)さいごに
現代の勤労者は、体調が悪いとすぐ薬に走る傾向があります。鼻水がでる程度で風邪と思いこんで、薬局等で薬を求めようとします。適当な薬がないと、次には高価なサプリメントに走ります。しかし、人間の体はそのような高価な品々がなくても、充分機能できるように作られています。漢方医学を学習していると、我々がいつからか、 生活の中に役立ってきた健康の知恵を失っていることに気づかされます。冷え症は、医療というよりは、飲食、運動など、生活の知恵で相当程度まで改善し得る症状です。

それでも改善しない場合が漢方薬の出番です。次回は、冷え症に対する漢方薬について、お話しいたしましょう。