漢方医から職場への処方箋

労働者健康福祉機構 鹿島労災病院
メンタルヘルス・和漢診療センター長 伊藤 隆

目次


  1. かぜ薬としての漢方薬(桔梗湯、葛根湯、麻黄湯)
  2. うつ病と漢方(柴胡加竜骨牡蛎湯)
  3. 咽喉違和感と漢方(半夏厚朴湯)
  4. 漢方の知恵で治そう
  5. 血を巡らす漢方薬(桂枝茯苓丸)
1.かぜ薬としての漢方薬(桔梗湯、葛根湯、麻黄湯)~西洋薬より効くケースも多く

はじめに
筆者は漢方の専門医です。内科医で呼吸器内科の研修歴もありますが、 当院ではメンタルヘルスセンターも兼任しています。本稿では労働者の方々の様々な病気に貢献できる漢方薬を紹介いたします。

1)感染症治療は医療の基本
今年最大の話題は新型インフルエンザでしょう。 昨年からテレビ、新聞等にて来るぞ来るぞと喧伝されてきて、ついに来た!そんな印象があります。 亡くなられた方々にはお気の毒ですが、全体としては比較的軽症例が多いそうで、 激烈なタイプでなくて良かったと思っております。

さて、漢方の教科書が、インフルエンザなどの急性熱性疾患を対象とした治療書であることをご存知でしょうか。 傷寒論(しょうかんろん)といい、紀元2世紀の中国で書かれました。 「慢性疾患の薬」の教科書が急性熱性疾患の本だなんて不思議に思われませんか?

漢方は江戸時代までは国の医療でしたが、明治政府は日清戦争に勝利した翌1995年の帝国議会において、 漢方を国の医学として認めない議決をしました。 漢方には、衛生学の欠如など軍隊の医学に向かない面があったのは事実ですが、 多くの病に有効な治療薬には前近代のレッテルが貼られ、漢方治療は町の薬局やごく一部の医師が細々と営む程度となりました。 このため漢方診療を受けられる患者は、「急を要しない慢性疾患」だけになって現在の漢方医学に対するイメージが出来上がっていったのでしょう。 2008年4月条件付きではありますが、医療機関が「漢方科」を標榜することが認可されました。113年の空白を経て、 漢方は「新しい医療」として公(おおやけ)に認められたのでした。

2)風邪とインフルエンザに対する漢方治療の役割
風邪は漢方薬の独壇場です。西洋薬よりもはるかによく治ります。 西洋薬で治療した場合よりも漢方薬を用いた方が発熱持続期間が短くなったという論文があります1)。

インフルエンザでは寒気や発熱などの症状は風邪の場合よりも激しくなりますが、 漢方薬は最新の抗ウィルス薬にひけをとらない治療成績を示しています。 麻黄湯を抗ウィルス薬に併用したら、西洋薬を併用した場合よりもより早期に解熱したとする報告があります2)。 漢方薬単独で治療しえた報告も少なからずありますが、筆者はウィルス量が多い場合、 あるいはウィルスの性質が激しい場合にはやはり抗ウィルス薬を用いた方がより早く回復できるのではないかと考えています。 学童に接する立場の方々はワクチンを接種しておく必要がありますし、 罹患されたときは抗ウィルス薬を服用することはある程度やむをえないのではないかと考えます。

なお、タミフル、リレンザなどの抗インフルエンザ薬は発症後48時間以内の症例が適応です。 それ以降での使用は有用性が知られていません。

インフルエンザ発症後48時間以上を経過してしまった方、 抗インフルエンザ薬の副作用が恐い人は漢方薬で治療するより他に手ないのではないでしょうか。

インフルエンザでは解熱薬は使わないのが原則です。漢方薬は解熱薬ではありません。 服用すると、むしろ体温は若干上昇します。 それとともに体の免疫反応が活発化してウィルスに対する攻撃を高めて、結果として発汗して治っていくのです。 ですので、体温が39度を越えて脱水の傾向があり、点滴などの補液を要する場合には漢方薬といえども慎重に用いる必要があります。 重症時はやはり医師とよく相談して用いて下さい。

3)漢方薬の使い方
漢方薬には適応となるタイプがあり、証(しょう)と呼ばれます。 これは病状を悪化せしめないための経験則です。 風邪ならばどんな薬でも同じではありません。 漢方薬の優秀性は副作用が少ないことではなく、副作用をきたさせない使い方にあるのです。以下に説明いたします。

  1. 桔梗湯(ききょうとう)
  2. 桔梗と甘草の二味からなる漢方薬です。 「咽喉の痛み」が適応です。かぜの罹りかけで、まだ風邪になっていない時期が適応です。発熱や寒気がでてきたら、次の葛根湯などをご検討ください。咽喉が痛くて、あ?風邪ひいたかな?と思ったら、先ずこの桔梗湯エキス2包をお湯に溶かして、咽喉の奥で少々ガラガラと軽いうがいをするようにして、飲み込んでください。飲み込まず、吐きだしてもそれなりに効きます。本当の風邪になっていなければ、かなり効きます。また咽痛から風邪に進展しやすい人は、咽痛の段階で症状を抑えられると発熱まで至りません。かぜのウィルスが咽喉に侵襲し始めた段階で咽喉の局所の炎症を治療する薬なのです。 この薬の市販トローチ製剤については、かなり優れた治療成績が報告されています)。

  3. 葛根湯(かっこんとう)
  4. 寒気、頭痛、発熱が始まってしまったら、通常の風邪です。こういう場合、葛根湯は最も多く使用できます。ただし、いつでもよいわけではありません。 葛根湯証(葛根湯が効く状態)とは、

  1. 汗をかいていない
  2. 首すじやうなじが強ばる
  3. 症状が重篤ではない(うなるほどではない)
  4. 寒気がする

この4項目が揃っていたら、葛根湯を飲んでみて下さい。 顆粒製剤であれば、できるだけお湯に溶かして服用してください。 そして汗をかきやすいように体を温めてください。うどん、おかゆなどの温かい食事をするのも結構です。 証に合いますと、服用30分以内に、じわっと汗をかく、症状が軽くなるなどの反応があれば「当たり」です。 2?3日服用してみてください。

  1. 麻黄湯(まおうとう)
  2. 葛根湯証より症状がやや重い状態です。インフルエンザに多い証と言われています。勿論、普通の風邪でもよくあります。
    麻黄湯証とは、

  1. 汗をかいていない
  2. 寒気がする
  3. この2点は葛根湯証と同じです。「首のこり」もあってよいです。そして、さらに

  4. 体のふしぶしが痛い

この症状が大切です。葛根湯証との鑑別点はここにあります。
葛根湯にも麻黄湯にも麻黄という生薬が含まれています。麻黄は解熱作用、鎮咳作用など種々の強い作用をもつ生薬です。 副作用として動悸、食欲低下などがありえます。葛根湯か麻黄湯か迷ったら弱い方の薬である葛根湯から服用してみてください。

4)さいごに
咽痛のかぜ薬、インフルエンザあるいは症状の激しいタイプの風邪の治療薬について紹介いたしました。 節制は薬よりも大切です。風邪をひいたら無理しないで休んでください。

《参考文献》
1)本間行彦:日東医誌46(2),285, 1995
2)木元博史:治療学40(4), 385-388, 2006
3)原桃介: 漢方と最新治療6(4), 371-383, 1997.