主任研究者 茨城産業保健推進センター 産業保健相談員
松崎 一葉
共同研究者 久保田 芳晴*1、島田 理*1、笹原 信一朗*1,2
服部 訓典*2、立川 秀樹*2、吉野 聡*2
*1茨城産業保健推進センター 産業保健相談員
*2筑波大学大学院人間総合科学研究科
※役職等は平成16年度当時

1.目的

平成10年に自殺者が年間3万人を超えて以来、様々な対策が講じられているにもかかわらず、自殺者はほぼ横ばいの状態が続いている。さらには、多くの企業で成果主義・能力主義が取り入れられ、評価制度により労働の質を評価されるなど、労働者を取り巻く環境は一段と厳しくなってきている。
一方で企業としても、長引く不況の中で人員を減らしながらも、収益を上げなくてはならないという現状があり、単純に勤務時間を軽減するといった労務管理は実効性に乏しい。そのような中で、昨今重要性が増している、企業における安全配慮義務を果たし、メンタルヘルス不全者をいかに発生させないかということが企業課題となってきている。
一般的に、ストレス軽減に最も寄与する対処方法は、問題解決による対処であると言われている。しかし、現在の企業状況を鑑みると、解決困難な問題に直面したり、職場からの適切な支援を得られなかったりする場合も少なくない。そのため、社内からの支援だけでなく、社外や家族からの支援、さらには情動処理型のストレス対処も重要となってくことが示唆される。そこで、不況下における職業性ストレスの実態を評価し、その科学的根拠にもとづいて、ストレスを減じメンタルヘルスを良好に保つためにはいかなる対処行動が重要であるかを見出す必要性がある。そこで、今回質問紙によりメンタルヘルス不全の原因を科学的に明確にし、この根拠にもとづく適切な対処行動を明らかにするために調査研究を実施した。それにより、早期に適切な対処行動を促し、メンタルヘルス不全者の出現を未然に防ぐことを本研究の最終目的とした。

2.対象と方法

2004年に茨城県内を中心とする4つの民間企業の常勤職員142名を対象に、自記式質問票を各職場で配布、記名にて回収した。調査内容は、勤務状況、自分の生活や環境の状況、日常生活や仕事上のストレスについて(SOC、BSJS、厚生労働省職業性ストレス簡易調査票の一部)、ストレス対処特性(BSCP)などである。

3.結果と考察

142名より回答(回収率100%)を得た。回答に欠損値のない136名に対して、統計学的解析を行った。
まず、昨年度の調査研究との対比を行った。昨年度の調査において、健康生成説の中核概念である首尾一貫感覚(Sense of Coherence: SOC)がストレスの認知様式に大きな影響を及ぼしていることを報告した。
今回の調査においても、量的負荷以外の簡易職業性ストレス質問紙の各項目は、SOCと有意な相関を認めた(表1)。また量的負荷は、労働時間と有意な相関を示した(図1)。

表1

図1

上記の結果より、労働時間による物理的条件とストレス認知の違いによる感覚的条件が、心身のストレスに大きな影響を与えていると考えられた。そこで、今回は労働時間による対処行動の特性と、SOC得点による対処行動特性を分けて解析を実施した。
労働時間とストレス対処行動の関係は、全般的に労働時間が平均よりも短い群では全ての対処行動を多く使う傾向にあり、特に『回避と抑制』、『問題解決のための相談』は有意に多く使用していることが示された(図2)。

図2 SOCスコアによるとBSCP得点の比較

図2 SOCスコアによるとBSCP得点の比較

次にSOCスコアについて、平均値±0.5S.D.(130。3±18.66)を基準に3群に分けストレス対処行動との関係を解析した。『回避と抑制』はSOCが高い群(すなわちストレス対処能力が高い群)において有意に多く使われており、反対に『問題解決のための相談』はSOCが低い群において有意に多く使われていることが示された。
これらより、労働時間の短縮による時間的裁量権の増加は、ストレス対処行動の幅を広げ、ストレス軽減に寄与していることが示唆された。また、ストレス事象が存在したときに、SOCスコアが高い群においては、問題を先送りしたり、何もしないで我慢したりする内的な対処能力が高く、SOCスコアが低い群においては、人に解決策を相談するなどして外的な対処に重きを置く傾向が示唆された。
一般的にはSOCスコアは年齢や管理職経験、子育て経験など人生における困難を乗り越えることで育つと言われている。そのことを考え合わせると、若手社員に対しては問題解決のための助言や人的支援などの外的な援助を積極的に行い、逆に経験のあるベテラン社員に対しては裁量権や達成感などの質的な援助を行うことが有用と考えられた。
以上の一連の活動を通し、ストレス対処行動に関する一般的な知識とその特徴をふまえて、状況にあわせた柔軟なストレス対処行動の重要性が示唆された。

図3 労働時間によるBSCP得点の比較

図3 労働時間によるBSCP得点の比較

調査研究